葬列の姿のまま並んだ人物埴輪が見つかった、九十九里の古墳群。
芝山古墳群とはどんな古墳か
千葉県山武郡横芝光町にある古墳群です。文化庁は、ふりがなを「しばやまこふんぐん」とし、1958年(昭和33年)6月28日に国の史跡に指定しています。殿塚古墳と姫塚古墳という二基の前方後円墳を中心に、円墳が群がっています。
この古墳群を名高いものにしたのは埴輪です。文化庁は、姫塚古墳について「墳丘北側の平坦部から、原位置をほぼ保った状態で形象埴輪列が確認されている」とし、殿塚古墳の埴輪には翳や大刀などの器財埴輪、犬・猪・水鳥などの動物埴輪が含まれるとしています。
並べられたときの順序が崩れないまま出土したという点で、ほかに代わりのない資料です。出土した埴輪は「千葉県殿塚古墳・姫塚古墳出土埴輪」として国の重要文化財となり、時代は古墳時代後期、年代は6世紀後半とされています。
芝山古墳群の読み方と別名
読みは「しばやまこふんぐん」です。文化庁のふりがなも、この読みです。
ややこしいのは所在地です。名は芝山ですが、この古墳群があるのは芝山町ではなく、山武郡横芝光町です。文化庁の国指定文化財等データベースも、所在地(市区町村)を山武郡横芝光町としています。そのため、所在する土地の名をとって中台古墳群とも呼ばれます。
もう一つ、重要文化財の埴輪については、文化庁が管理団体・管理責任者名を芝山町と記しています。二つの町の名が入り交じるので、資料を探すときには注意が要ります。
芝山古墳群(しばやまこふんぐん)
文化庁が用いる指定名称。ふりがなも「しばやまこふんぐん」と記されている。
中台古墳群(なかだいこふんぐん)
所在する土地の名をとった呼び方。名の芝山と所在地がずれるため、こちらも使われる。
殿塚古墳・姫塚古墳(とのづかこふん・ひめづかこふん)
群の中心にある二基。重要文化財の指定名称にも、この二つの名が並んでいる。
芝山古墳群は誰の墓か
殿塚古墳と姫塚古墳に葬られた人が誰かは、わかっていません。
文化庁は、この二基を「九十九里浜から太平洋へ注ぐ木戸川中流域左岸の台地上に立地する前方後円墳であり、古墳時代後期後半の築造と考えられる」としたうえで出土した埴輪の内容を詳しく記していますが、被葬者について書かれた記載はありません。
手がかりになるのは埴輪です。文化庁は、姫塚古墳の埴輪について「きわめて大形で、顎鬚をもつ双脚の男性像の一群」が特筆されるとし、線刻や彩色などで被り物を表現し、携行品や美豆良を精巧につくっているとしています。装いを一体ずつ作り分けているということは、並んだ人物に序列があったということです。
殿塚・姫塚という名は後世の呼び名で、男女が葬られていたことを示すものではありません。宮内庁の陵墓としての治定は受けていません。
断定できない:わかっていない
解説文は埴輪の内容と築造時期を記すが、被葬者にはまったくふれていない。
宮内庁の治定は無い。国の史跡として扱われている:治定はされていない
1958年6月28日に史跡として指定され、所在地は山武郡横芝光町と記されている。
芝山古墳群の大きさと形
この古墳群の墳丘の規模を記した公式ページは、確認できませんでした。文化庁の国指定文化財等データベースは、史跡「芝山古墳群」について面積の欄を空欄としており、殿塚古墳・姫塚古墳それぞれの全長や高さも記されていません。
わかるのは形と時期です。文化庁は、殿塚古墳・姫塚古墳をいずれも前方後円墳とし、古墳時代後期後半の築造と考えられるとしています。重要文化財の埴輪の欄では、時代を古墳時代後期、年代を6世紀後半としています。
指定は1958年(昭和33年)6月28日、指定基準は「一.貝塚、集落跡、古墳その他この類の遺跡」。所在地は千葉県山武郡横芝光町です。
史跡の指定年月日:1958.06.28(昭和33.06.28)
所在地(市区町村):山武郡横芝光町
出土埴輪の時代:古墳時代後期
出土埴輪の年代:6世紀後半
埴輪の管理団体:芝山町
芝山古墳群はいつ作られたか
文化庁は、重要文化財「千葉県殿塚古墳・姫塚古墳出土埴輪」の時代を古墳時代後期、年代を6世紀後半としています。殿塚古墳・姫塚古墳そのものについても「古墳時代後期後半の築造と考えられる」としています。
6世紀後半という時期は、関東で人物埴輪の表現がもっとも豊かになった時期にあたります。同じころ、畿内ではすでに前方後円墳が造られなくなりつつありました。中心から遠い土地のほうが古い形をあとまで守るという、よくある例です。
千葉県では、市原市の神門古墳群が3世紀中葉前後とされています。房総の古墳は、そこから三百年あまり続いたことになります。
芝山古墳群の場所と行き方(観光情報)
文化庁は、殿塚古墳・姫塚古墳が「九十九里浜から太平洋へ注ぐ木戸川中流域左岸の台地上に立地する」としています。海に注ぐ川に沿った台地というのが、この一帯で古墳の立つ場所です。
千葉県内では、市原市の神門古墳群が東日本最古とされ、成田市周辺には龍角寺古墳群があります。房総半島には、古墳が数多く残されています。
芝山古墳群(殿塚古墳・姫塚古墳)
芝山古墳群(殿塚古墳・姫塚古墳)の住所:千葉県山武郡横芝光町(文化庁の所在地(市区町村)の欄。番地までは確認できませんでした)
交通:公式に確認できませんでした
駐車場:公式に確認できませんでした
料金:公式に確認できませんでした
内部見学:国の史跡であり、宮内庁の陵墓ではありません。ただし墳丘に登れるかどうかを記した公式の案内は確認できませんでした
文化庁の国指定文化財等データベースは、史跡「芝山古墳群」の所在地(市区町村)を山武郡横芝光町としています。番地までの住所、行き方、駐車場、料金を記した公式ページは確認できませんでした。
重要文化財の埴輪については、管理団体・管理責任者名が芝山町と記されています。出土した埴輪と、埴輪が出た古墳とが別の町にあるという形です。
芝山古墳群の発見と調査の歩み
順序が崩れないまま出た埴輪の列
文化庁は、姫塚古墳について「墳丘北側の平坦部から、原位置をほぼ保った状態で形象埴輪列が確認されている」と記しています。
形象埴輪とは、人・動物・家・道具などをかたどった埴輪のことです。ふつう埴輪は、倒れ、転がり、割れた状態で見つかります。どの向きに、どの順で並んでいたのかはわからなくなります。この古墳では、並んだままの形で倒れていました。
文化庁は、この一括について「東日本における形象埴輪の構成を特徴的に表し、遺存状態も良好である。埴輪群像の配列状況がよくわかる事例であり、埴輪祭祀を復元する上で、貴重な一括である」と結んでいます。埴輪が何を表していたのかを考えるときの、出発点になる資料です。
顎鬚の男たち
文化庁は、姫塚古墳の埴輪のうち特筆されるものとして「きわめて大形で、顎鬚をもつ双脚の男性像の一群」を挙げ、線刻や彩色などで被り物などを表現し、携行品や美豆良を精巧につくっているとしています。
美豆良とは、髪を左右に分けて耳のあたりで束ねた古代の髪型です。身につけているものを一つずつ作り分けているということは、並んだ人物に序列があったということです。
殿塚古墳のほうでは、顎鬚を生やした男性像の頭部のほか、翳や大刀といった器財埴輪、犬・猪・水鳥などの動物埴輪を有することが特徴だと文化庁は書いています。翳とは、貴人にさしかける長い柄の団扇のことです。人と道具と動物が、それぞれの役をもって並んでいました。
芝山という名、横芝光町という場所
この古墳群の名と所在地は、一致しません。文化庁の国指定文化財等データベースは、史跡「芝山古墳群」の所在都道府県を千葉県、所在地(市区町村)を山武郡横芝光町としています。芝山町ではありません。
いっぽう、重要文化財「千葉県殿塚古墳・姫塚古墳出土埴輪」については、管理団体・管理責任者名が芝山町と記されています。古墳は横芝光町、埴輪は芝山町。町の境が、古墳と出土品を分けています。
文化財の名は、指定されたときの呼び名がそのまま残ることが多く、あとから行政の区割りが変わっても書き換えられません。名前だけを頼りに探すと、行き先を間違えます。
芝山古墳群から出土したもの
文化庁は、重要文化財の内訳を、殿塚古墳出土が人物1点・家1点・動物3点・器財3点(附として形象埴輪残欠22点)、姫塚古墳出土が人物9点(附として形象埴輪残欠9点)としています。指定されているのは埴輪だけで、石室から出た品は含まれていません。
保管施設の名称は空欄とされ、管理団体・管理責任者名は芝山町と記されています。
人物埴輪
姫塚古墳から9点が重要文化財に指定されている。顎鬚をもつ大形の男性像を含む。
動物埴輪
殿塚古墳から3点。犬・猪・水鳥などをかたどった埴輪が特徴とされる。
器財埴輪
殿塚古墳から3点。翳や大刀など、貴人に付き従う道具をかたどっている。
家形埴輪
殿塚古墳から1点。当時の建物の姿を伝える埴輪として重要文化財に含まれる。
芝山古墳群と関連する古墳
芝山古墳群についてよくある質問
芝山古墳群は誰の墓ですか。
わかっていません。文化庁の解説文は埴輪の内容と築造時期を記すのみで、被葬者にはふれていません。宮内庁の陵墓としての治定も受けていません。
芝山古墳群はどこにありますか。
千葉県山武郡横芝光町です。名は芝山ですが芝山町ではなく、文化庁の所在地の欄も横芝光町としています。番地や行き方は公式に確認できませんでした。
芝山古墳群の大きさはどれくらいですか。
墳丘の規模を記した公式ページは確認できませんでした。文化庁のデータベースは面積の欄も空欄です。殿塚古墳・姫塚古墳がいずれも前方後円墳であることはわかっています。
芝山古墳群はいつ作られましたか。
文化庁は、殿塚古墳・姫塚古墳を古墳時代後期後半の築造と考えられるとし、出土した埴輪の時代を古墳時代後期、年代を6世紀後半としています。
芝山古墳群の埴輪はどこで見られますか。
文化庁は重要文化財の保管施設の名称を空欄とし、管理団体・管理責任者名を芝山町と記しています。展示している場所を記した公式ページは確認できませんでした。
芝山古墳群と併せて覚えたい言葉・用語
形象埴輪(けいしょうはにわ)
人・動物・家・道具などをかたどった埴輪。筒形の円筒埴輪と区別される。
翳(さしば)
貴人にさしかける、長い柄の付いた団扇。殿塚古墳の器財埴輪に含まれる。
美豆良(みずら)
髪を左右に分けて耳のあたりで束ねた古代の髪型。人物埴輪に細かく表される。
原位置(げんいち)
遺物がもともと置かれていた場所。原位置を保った出土は、並び方まで読み取れる。
芝山古墳群の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。