3世紀中葉前後。東日本でもっとも古い古墳と考えられている群。
神門古墳群とはどんな古墳か
千葉県市原市惣社にある古墳群です。千葉県は神門5号墳を県指定史跡とし、その全長を42.6メートル、円形の墳丘の直径を30メートルから32.5メートル、西側に付く前方部の長さを約12メートルとしています。
続けて調査された神門4号墳は全長49メートル、神門3号墳は全長49.1メートルから55メートルで、千葉県は5号墳・4号墳・3号墳の順に築かれたとしています。年代は3世紀中葉前後に位置付けられ、県内はもとより東日本で最古の古墳と考えられる、と書かれています。
前方部がまだ十分に発達しておらず、千葉県は、これらが「畿内の出現期古墳にも通じる過渡的な様相を示している」としています。出土した土器には、近畿・東海・北陸の系譜をもつものが数多く混じります。
神門古墳群の読み方と別名
読みは「ごうどこふんぐん」です。「神門」と書いて「ごうど」。「しんもん」でも「かみかど」でもありません。
「ごうど」という読みは、各地の地名に見られます。神戸・神門・郷戸などと書かれ、いずれも同じ音です。
個々の古墳は、神門3号墳・4号墳・5号墳と番号で呼ばれます。このうち千葉県が県指定史跡としているのは5号墳のみで、指定日は平成元年3月10日、所在地は市原市惣社5-5-1と記されています。惣社という地名も、この一帯が古くから国府に近い場所だったことを示しています。
神門古墳群(ごうどこふんぐん)
通用している名。「神門」を「ごうど」と読む。「しんもん」ではない。
神門5号墳(ごうどごごうふん)
千葉県指定史跡の名称。群の中でもっとも古いとされる一基。
惣社(そうじゃ)
所在地の名。千葉県は所在地を市原市惣社5-5-1と記している。
神門古墳群は誰の墓か
この古墳群に葬られた人が誰かは、わかっていません。
千葉県の説明は、墳丘と周溝の構造、出土品、年代、そして東日本で最古の古墳と考えられることを記していますが、被葬者について書かれた記載はありません。宮内庁の陵墓としての治定も受けていません。
手がかりになるのは、出土した土器です。千葉県は、在来の土器に混じって近畿・東海・北陸地方の系譜をもつ土器が数多く含まれることから、外来的な要素の強い古墳としても注目されているとしています。
つまり、ここに葬られた人びとは房総の中だけで完結していませんでした。遠く離れた土地の土器を手にし、畿内の出現期古墳に通じる墓の形を採り入れています。千葉県は「時期や系譜についてはまだ多くの謎が残されている」と結んでいます。
断定できない:わかっていない
県の説明は構造・出土品・年代を記すが、被葬者にはまったくふれていない。
学術的な見方のひとつ:外来の要素と結びついた人びと
近畿・東海・北陸の系譜をもつ土器が数多く含まれ、外来的な要素が強いとする。
神門古墳群の大きさと形
千葉県は、神門5号墳について「直径30メートルから32.5メートルの円形の墳丘の西側に長さ約12メートルの前方部が付き、全長42.6メートルであることが明らかとなった」としています。
続けて、昭和50年に調査された神門4号墳を全長49メートル、昭和62年に調査された神門3号墳を全長49.1メートルから55メートルとしています。三基とも五十メートル前後で、巨大古墳とは呼べない大きさです。
注目されるのは形です。千葉県は、円丘部の周溝だけでなく前方部の側面と前面に幅の狭い区画溝があることも確認されたとし、「畿内の出現期古墳にも通じる過渡的な様相を示している」としています。
神門5号墳の全長:42.6メートル
神門5号墳の円丘部の直径:30メートルから32.5メートル
神門4号墳の全長:49メートル
神門3号墳の全長:49.1メートルから55メートル
県指定史跡の指定日:平成元年3月10日
神門古墳群はいつ作られたか
千葉県は「これらの年代は3世紀中葉前後に位置付けられ、古墳時代で最も初期のもので、県内はもとより東日本で最古の古墳と考えられる」としています。
3世紀中葉というのは、奈良県の箸墓古墳や纒向石塚古墳が築かれるころにあたります。畿内で前方後円墳という形が生まれたのとほとんど同じ時期に、房総の中央部にも似た形の墓が現れたことになります。
東日本では、この時期の古墳は前方後方墳が圧倒的に多いとされます。静岡県の高尾山古墳もその一つです。そのなかで、房総に前方後円墳の系譜を引く古墳が三基続けて築かれたことが、この群を特別なものにしています。
同じ千葉県の芝山古墳群が6世紀後半とされますから、房総の古墳はここから三百年あまり続いたことになります。
神門古墳群の場所と行き方(観光情報)
神門古墳群は、養老川の下流域の北岸、市原の台地の西の縁にあるとされます。海と川に開けた場所で、外から人と物が入りやすい土地でした。
千葉県内ではこの群がもっとも古く、横芝光町の芝山古墳群や成田市周辺の龍角寺古墳群がずっとあとに続きます。
神門5号墳
神門5号墳の住所:市原市惣社5-5-1
交通:公式に確認できませんでした
駐車場:公式に確認できませんでした
料金:公式に確認できませんでした
内部見学:千葉県指定の史跡であり、宮内庁の陵墓ではありません。ただし墳丘に立ち入れるかどうかを記した公式の案内は確認できませんでした
所在地は、千葉県が神門5号墳について記す市原市惣社5-5-1です。行き方、駐車場、料金を記した公式ページは確認できませんでした。
県指定史跡になっているのは5号墳のみで、3号墳と4号墳については指定の記載を確かめられませんでした。
神門古墳群の発見と調査の歩み
円墳だと思われていた古墳
神門5号墳の姿がわかるまでには、三十年以上かかりました。
千葉県によれば、昭和24年に早稲田大学が発掘調査を行い、墳頂部の埋葬施設から剣・ガラス玉・鉄鏃が発見され、「古式古墳」として報告されました。しかし、そのときは墳丘や周溝の調査が行われず、当時はこの古墳が大型の円墳だと考えられていました。
姿が変わったのは、昭和56年と昭和59年の測量調査と墳丘の確認調査です。円形の墳丘の西側に、長さ約12メートルの前方部が付いていることがわかりました。全長42.6メートル。円墳ではなく、前方後円墳だったことになります。
墳頂だけを掘っていては、古墳の形はわかりません。周りを測って初めて、この古墳が東日本最古とされる位置に立ちました。
前方部が育ちきる前の形
この三基が重んじられるのは、古墳の形が定まる前の姿を残しているからです。
千葉県は、神門5号墳について「円丘部の周溝だけでなく、前方部の側面と前面に幅の狭い区画溝があることも確認された」とし、「これらは、定型化された前方後円墳に移行する前の、畿内の出現期古墳にも通じる過渡的な様相を示している」としています。
定型化された前方後円墳では、周濠は墳丘全体をぐるりと一つで囲みます。ところがこの古墳では、円い部分の溝と、前方部の溝が別々です。円い墓に、あとから前方部を継ぎ足したような造りになっています。
奈良県の纒向石塚古墳やホケノ山古墳も、同じような過渡的な形をもつとされます。房総の三基が、それらと同じ段階にあるということになります。
遠くから運ばれた土器
この古墳群のもう一つの特徴が、出土した土器です。
千葉県は「これら3基の古墳から出土した土器に、在来の土器に混じって、近畿・東海・北陸地方の系譜をもつ土器が数多く含まれることから、外来的な要素の強い古墳としても注目されている」としています。
房総の土器だけでなく、遠く離れた土地の系譜を引く土器が、まとまって出るということです。人が動いたのか、物が動いたのか、それは土器からは決められません。
ただ、この場所が外に開いていたことは確かです。養老川の下流域の北岸、海に近い台地。船で行き来する道筋の上にあります。兵庫県の西求女塚古墳が山陰や四国の土器を伴うのと、同じような立ち位置です。
神門古墳群から出土したもの
千葉県は、昭和24年の調査で神門5号墳の墳頂部の埋葬施設から剣・ガラス玉・鉄鏃が発見され、「古式古墳」として報告されたとしています。
もっとも注目されているのは、副葬品よりも土器です。近畿・東海・北陸地方の系譜をもつ土器が数多く含まれるとされ、この群が外に開いていたことを示します。3号墳・4号墳の出土品の詳細は、公式ページでは確かめられませんでした。
剣
神門5号墳の墳頂部の埋葬施設から。昭和24年の調査で発見された。
ガラス玉
同じく神門5号墳から。古式古墳として報告される根拠のひとつになった。
鉄鏃
鉄でつくられた矢じり。神門5号墳の埋葬施設から出土している。
近畿・東海・北陸系の土器
三基から数多く出土。外来的な要素の強い古墳として注目される根拠になっている。
神門古墳群と関連する古墳
神門古墳群についてよくある質問
神門古墳群は誰の墓ですか。
わかっていません。千葉県の説明は構造・出土品・年代を記すのみで、被葬者にはふれていません。宮内庁の陵墓としての治定も受けていません。
神門古墳群はどこにありますか。
千葉県は、神門5号墳の所在地を市原市惣社5-5-1としています。養老川の下流域の北岸にあたります。行き方は公式に確認できませんでした。
神門古墳群の大きさはどれくらいですか。
千葉県は神門5号墳を全長42.6メートル、神門4号墳を全長49メートル、神門3号墳を全長49.1メートルから55メートルとしています。
神門古墳群はいつ作られましたか。
千葉県は年代を3世紀中葉前後とし、古墳時代で最も初期のもので、県内はもとより東日本で最古の古墳と考えられるとしています。
神門古墳群はなぜ重要なのですか。
前方部が発達しきる前の過渡的な形をとどめ、畿内の出現期古墳に通じるとされるためです。出土した土器に近畿・東海・北陸の系譜をもつものが多い点も注目されています。
神門古墳群と併せて覚えたい言葉・用語
出現期古墳(しゅつげんきこふん)
古墳が造られはじめたころの古墳。形がまだ定まっておらず、地域ごとの違いが大きい。
周溝(しゅうこう)
墳丘のまわりを掘りめぐらせた溝。土を取った跡でもあり、墓の区切りでもある。
区画溝(くかくこう)
前方部の側面や前面に掘られた幅の狭い溝。定型化する前の古墳に見られる。
纒向型前方後円墳(まきむくがたぜんぽうこうえんふん)
前方部が短く低い、出現期の前方後円墳。奈良県の纒向古墳群の例にちなむ。
神門古墳群の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。