全長52メートルの帆立貝形古墳。二重周濠と埴輪列、祭祀用の造り出しが確認された。
御願塚古墳とはどんな古墳か
御願塚古墳は、伊丹市御願塚4丁目にある帆立貝形古墳です。前方部が短く低く造られた、いわゆる帆立貝式の前方後円墳で、全長は52メートルあります。
墳丘の周りには水をたたえた周濠が巡り、その外側にも小さな外濠があったことが発掘で確かめられました。墳頂部は平らに削られ、南神社がまつられています。
御願塚古墳の読み方と別名
読みは「ゴガンヅカコフン」です。
御願塚古墳(ゴガンヅカコフン)
伊丹市御願塚の古墳。
御願塚古墳は誰の墓か
被葬者を埋葬した主体部は、ほとんどわかっていません。1875年(明治8年)に地元の人々によって一部が掘られ、地中から石組が現れましたが、それ以上の発掘は許可されず、詳しいことは伝わっていません。
主体部が未調査のため不明:特定されていない
御願塚古墳の大きさと形
全長は52メートルです。後円部は直径39メートル・高さ7メートル、前方部は前幅19メートル・長さ13メートル・高さ2メートルで、前方部が後円部に比べて著しく低く短い形です。周濠の幅は8〜11メートルです。
全長:52メートル
後円部:直径39メートル・高さ7メートル
前方部:前幅19メートル・長さ13メートル・高さ2メートル
御願塚古墳はいつ作られたか
伊丹市の解説ページには、築造時期は書かれていません。調査の歴史としては、1966年(昭和41年)3月に兵庫県の文化財に指定され、1969年(昭和44年)から周濠の整備に伴う発掘調査が始まりました。
御願塚古墳の場所と行き方(観光情報)
御願塚古墳
御願塚古墳の住所:兵庫県伊丹市御願塚4丁目10番11号
交通:阪急伊丹線稲野駅から北西へ約200メートル。JR宝塚線猪名寺駅から西北西へ約900メートル。阪急伊丹駅前5番乗り場から36系統JR猪名寺経由山田行きで御願塚下車すぐ
御願塚古墳の発見と調査の歩み
二重の周濠と埴輪
1969年からの調査で周濠の範囲が確かめられ、第2次から第6次調査(1987〜1995年)では、周濠の外側に幅4〜5メートル、深さ30センチほどの小さな外濠があったことがわかりました。外濠の内部からは墳丘と同じ埴輪が多数出土し、二つの濠の間の堤にも埴輪が立てられていたと推定されています。
埴輪列に囲まれた造り出し
1998年(平成10年)の第8次調査で、墳丘の北西側に、埴輪列で囲まれた「造り出し」という祭祀の場が見つかりました。ここから円筒埴輪の列が出土しています。2000年(平成12年)の第9次調査では、墳丘の北側でも埴輪列が確認されました。
御願塚古墳から出土したもの
円筒埴輪
造り出しから列をなして出土した。外濠の内部からも同様の埴輪が多数出ている。
御願塚古墳と関連する古墳
御願塚古墳についてよくある質問
御願塚古墳はどこにありますか。
兵庫県伊丹市御願塚4丁目10番11号です。阪急伊丹線稲野駅から北西へ約200メートルです。
御願塚古墳はどんな形ですか。
前方部が短く低い帆立貝形で、全長は52メートルです。
御願塚古墳の「造り出し」とは何ですか。
1998年の調査で墳丘北西側に見つかった、埴輪列で囲まれた祭祀の場です。
御願塚古墳は文化財に指定されていますか。
1966年(昭和41年)3月に兵庫県指定文化財(記念物)になっています。
御願塚古墳と併せて覚えたい言葉・用語
帆立貝形古墳()
前方部が短く低い、帆立貝のような形の古墳。
造り出し()
墳丘のくびれ部などに張り出して造った、祭祀に使う場所。
周濠()
古墳の本体を取り囲む水や空の堀。
主体部()
棺を納めた、墳丘の中心となる埋葬施設。
御願塚古墳の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。