宇都宮市内でも有数の大きさを持つ前方後円墳。所有者と地域による整備で古墳の輪郭が守られている。
塚山古墳(宇都宮市)とはどんな古墳か
塚山古墳は、宇都宮市西川田7丁目にある前方後円墳です。古墳の全体にツツジやサツキが植えられ、周囲には芝生が張られています。
塚山古墳群の名で知られる古墳群の一つで、同じ西川田町の塚山西古墳・塚山南古墳とあわせて調査が重ねられてきました。
塚山古墳(宇都宮市)の読み方と別名
塚山古墳(ツカヤマコフン)
宇都宮市西川田7丁目にある前方後円墳。
塚山古墳群(ツカヤマコフングン)
塚山古墳を含む、西川田町東原一帯の古墳群の名称。
塚山古墳(宇都宮市)は誰の墓か
宇都宮市の紹介にも、栃木県の資料にも、被葬者を示す記載は見当たりません。群の調査で出ているのは、埴輪や土器、埴輪を転用した棺などです。
市の紹介に被葬者の記載はない:特定されていない
市は「宇都宮の古い歴史を伝える塚山古墳」と紹介している。
塚山古墳(宇都宮市)の大きさと形
今回確かめた公的資料のうち、宇都宮市の紹介ページと全国遺跡報告総覧の塚山古墳群の記録には、塚山古墳の墳丘の寸法が載っていません。群全体では、帆立貝形の前方後円墳2基、円墳2基、埴輪棺9基が記録されています。
塚山古墳群の内訳:前方後円墳2基(帆立貝形)、円墳2基、埴輪棺9基
塚山古墳(宇都宮市)はいつ作られたか
塚山古墳群から出土した鹿の線刻のある円筒埴輪は、栃木県立博物館の資料情報で古墳時代中期(5世紀)とされています。
塚山古墳(宇都宮市)の場所と行き方(観光情報)
所在地は栃木県宇都宮市西川田7丁目です。
塚山古墳(宇都宮市)の発見と調査の歩み
ツツジと芝生に包まれた古墳
塚山古墳は、平成21年度(第13回)の宇都宮市まちなみ景観賞で景観賞を受けました。市の紹介によれば、所有者が長年にわたって誇りと愛着をもって守り続けてきた古墳です。
古墳全体にツツジやサツキが植えられ、周りに芝生が張られ、日々の清掃と除草も行われています。文化財であるだけでなく、市民に親しまれる憩いの場にもなっているとされています。
1976年の調査と、鹿を描いた埴輪棺
西川田町東原の塚山古墳群は、都市計画道路の建設にともなって1976年6月1日から7月9日まで調査されました。報告書は1979年に『栃木県埋蔵文化財調査報告』第32集として出ています。
群では帆立貝形の前方後円墳2基、円墳2基、埴輪棺9基が確認されました。円筒埴輪のほか、短甲形や鳥形の形象埴輪、土師器、須恵器が出土しています。調査前に見つかっていた埴輪棺の一つには、4頭の鹿が線刻され、赤色顔料が塗られていました。
塚山西古墳・塚山南古墳の確認調査
塚山西古墳は帆立貝形の前方後円墳で、史跡整備にともなう確認調査が1995年7月23日から1998年4月3日まで行われました。装飾のついた脚付壺が特徴として記録されています。
出土したのは円筒埴輪、朝顔形埴輪、形象埴輪、線刻のある埴輪、土師器、須恵器などです。報告書は宇都宮市教育委員会から2003年に刊行されました。
塚山古墳(宇都宮市)から出土したもの
出土品は古墳群全体の記録で、塚山古墳だけの内訳は資料から分けられません。
鹿を線刻した円筒埴輪
埴輪棺として使われた。最上部に4頭の鹿を線刻し、赤色顔料が塗られていた。残存高51センチ。栃木県立博物館の資料。
形象埴輪
短甲形や鳥形の埴輪が1976年の調査で出土した。
塚山古墳(宇都宮市)と関連する古墳
塚山古墳(宇都宮市)についてよくある質問
塚山古墳はどこにありますか。
宇都宮市西川田7丁目です。
塚山古墳群にはどんな古墳がありますか。
帆立貝形の前方後円墳2基、円墳2基、埴輪棺9基が記録されています。塚山西古墳と塚山南古墳は帆立貝形です。
塚山古墳から出た珍しいものは何ですか。
4頭の鹿を線刻した円筒埴輪です。埴輪棺として使われ、赤色顔料が塗られていました。
塚山古墳はどのように守られていますか。
所有者が長年守り続け、古墳全体にツツジやサツキが植えられ、周囲に芝生が張られています。清掃と除草も日々行われています。
塚山古墳(宇都宮市)と併せて覚えたい言葉・用語
前方後円墳()
円形の後円部に四角い前方部がつながった、鍵穴の形の古墳。
帆立貝形()
前方部が短く、帆立貝の殻のように見える前方後円墳の形。
埴輪棺()
埴輪を棺として転用した埋葬施設。
形象埴輪()
人や動物、器財などの形をかたどった埴輪。
塚山古墳(宇都宮市)の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。