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滋賀県

稲荷山古墳(高島市)とはどんな古墳か|誰の墓か・場所

稲荷山古墳(高島市)  / カモイナリヤマコフン

前方後円墳 6世紀

推定全長約45メートルの前方後円墳。家形石棺と金製耳飾りなどが見つかった。

稲荷山古墳(高島市)とはどんな古墳か

鴨稲荷山古墳は、滋賀県高島市鴨にある前方後円墳です。高島市は、湖西地方で平野部に立地する唯一の前方後円墳と紹介しています。滋賀県指定史跡で、築造は6世紀前半とされます。

もとは全長約45メートルの墳丘だったと考えられていますが、現在は後円部の一部が残るのみです。

稲荷山古墳(高島市)の読み方と別名

読みは「カモイナリヤマコフン」です。

鴨稲荷山古墳(カモイナリヤマコフン)

他の「稲荷山古墳」と区別するため、地名「鴨」を冠した呼び方。

稲荷山古墳(高島市)(イナリヤマコフン)

市名を添えた表記。

稲荷山古墳(高島市)は誰の墓か

高島市は、古墳時代後期の三尾(みお)族長の墓といわれると紹介しています。確定した被葬者名は示されていません。

高島市の紹介:三尾族の族長

「といわれる」という表現。

稲荷山古墳(高島市)の大きさと形

前方部の墳丘は現存せず、周辺の地形などから全長約45メートルの前方後円墳だったと考えられています。後円部にあった横穴式石室は、南東に開き、全長約9メートル、幅約1.8メートル、高さ約1.8メートルでした。

全長:約45メートル(推定)

家形石棺:長さ約2.3メートル、幅約1.17メートル、高さ約0.83メートル

稲荷山古墳(高島市)はいつ作られたか

築造は6世紀前半で、古墳時代後期にあたります。

稲荷山古墳(高島市)の場所と行き方(観光情報)

鴨稲荷山古墳

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鴨稲荷山古墳の住所:滋賀県高島市鴨

交通:JR湖西線「安曇川駅」から徒歩約20分、タクシーで約5分。駅から南へ約2キロメートル、天皇橋の南。

内部見学:家形石棺は覆屋で保護され、ガラス越しに見学できます。

出土品の多くは東京国立博物館や京都大学などに所蔵され、現地では見られません。金銅製冠や沓などの復元品は滋賀県立安土城考古博物館で見られます。

稲荷山古墳(高島市)の発見と調査の歩み

  1. 二上山の石で作られた家形石棺
  2. 朝鮮半島とのつながりを示す副葬品

二上山の石で作られた家形石棺

1902年(明治35年)、すぐ東を通る県道の改良工事の際に見つかりました。後円部の石棺は、二上山産の凝灰岩を刳り抜いた家形石棺で、滋賀県内では珍しく、大阪府と奈良県の間にある二上山の石材が使われています。1923年(大正12年)には京都帝国大学文学部考古学研究室が学術調査を行いました。

朝鮮半島とのつながりを示す副葬品

棺内からは金製耳輪、垂下飾、金銅製冠、沓などが出土しました。金製の耳飾りは朝鮮半島(伽耶国)の影響を受けた純金製で、半島との交流が盛んだったことを裏づけるとされています。装飾品や利器類は棺内、馬具や土器類は棺外に置かれていました。

稲荷山古墳(高島市)から出土したもの

出土品の多くは東京国立博物館や京都大学などが所蔵しています。

金製耳輪・垂下飾

朝鮮半島の影響を受けた純金製の耳飾り。

金銅製の冠と沓

棺内から出土。復元品が滋賀県立安土城考古博物館にある。

大刀・馬具

鹿角製柄頭附鉄太刀、鉄製拵環頭鉄太刀、鉄製鐙、轡など。馬具は棺外にあった。

稲荷山古墳(高島市)と関連する古墳

同じ時代・地域 同じ古墳群・形 比較対象 学説・治定の違い

稲荷山古墳(高島市)についてよくある質問

鴨稲荷山古墳はどこにありますか。

滋賀県高島市鴨です。JR湖西線「安曇川駅」から徒歩約20分、タクシーで約5分です。

石棺は見られますか。

はい。覆屋の中の家形石棺を、ガラス越しに見られます。

誰の墓ですか。

古墳時代後期の三尾族の族長の墓といわれています。

出土品は現地で見られますか。

多くは東京国立博物館や京都大学などにあり、現地では見られません。金銅製冠や沓の復元品は滋賀県立安土城考古博物館で見られます。

稲荷山古墳(高島市)と併せて覚えたい言葉・用語

家形石棺()

屋根のある家の形に作った石の棺。

刳抜式()

大きな石をくり抜いて棺の身と蓋を作る方式。

横穴式石室()

横から出入りできる通路をもつ石の埋葬室。

稲荷山古墳(高島市)の参考資料

この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。

  1. 高島市