川柳将軍塚古墳と一体で国史跡となる前方後円墳。千曲川流域の前期首長墓を考える史跡。
姫塚古墳(長野市)とはどんな古墳か
姫塚古墳は、長野市篠ノ井にある全長約31メートルの前方後円墳です。善光寺平西縁の断層崖上に築かれた川柳将軍塚古墳(全長約91メートル)の北方約200メートルに位置します。
善光寺平では珍しい墳形であることから、川柳将軍塚古墳とあわせて「川柳将軍塚古墳・姫塚古墳」の名で、1977年(昭和52年)7月14日に国の史跡に指定されました。
姫塚古墳(長野市)の読み方と別名
姫塚古墳(長野市)(ヒメヅカコフン)
国の史跡名は「川柳将軍塚古墳・姫塚古墳」。
姫塚古墳(長野市)は誰の墓か
文化庁の解説は姫塚古墳の被葬者に触れていません。川柳将軍塚古墳についても、江戸時代の享保年間と寛政年間に盗掘された記録があることを述べるにとどまり、人物は挙げていません。
国指定史跡の解説に被葬者の記述はない:記載なし
姫塚古墳(長野市)の大きさと形
姫塚古墳は川柳将軍塚古墳の約3分の1の長さです。高さ・径などの細かい数値は、確認した資料にはありません。
姫塚古墳の全長:約31メートル
川柳将軍塚古墳の全長:約91メートル
姫塚古墳(長野市)はいつ作られたか
姫塚古墳そのものの築造時期は、確認した資料に書かれていません。隣の川柳将軍塚古墳は、西暦400年前後の築造と考えられ、善光寺平で最も古い時期の大型古墳とされています。
姫塚古墳(長野市)の場所と行き方(観光情報)
姫塚古墳(長野市)の発見と調査の歩み
善光寺平では珍しい、小さな前方後円墳
姫塚古墳は全長約31メートルの前方後円墳で、善光寺平ではあまり見られない墳形です。
断層崖上の川柳将軍塚古墳とのセット
北に約200メートル離れた川柳将軍塚古墳は、善光寺平の西縁の断層崖上にある全長約91メートルの前方後円墳です。前方部は北北東を向いています。
昭和4年(1929年)の森本六爾の研究で知られるようになりました。享保・寛政年間の盗掘記録があり、現存する出土品には鏡8面、碧玉製の垂飾、勾玉、管玉、切子玉、小玉などがあります。西暦400年前後の築造と考えられ、豊富な副葬品を持つ善光寺平最古期の古墳として重要とされています。
姫塚古墳(長野市)から出土したもの
姫塚古墳自体の出土品は、確認した資料に記載がありません。
鏡8面ほか(川柳将軍塚古墳)
隣の川柳将軍塚古墳に現存する出土品。碧玉製の垂飾、勾玉、管玉、切子玉、小玉なども含む。
姫塚古墳(長野市)と関連する古墳
姫塚古墳(長野市)についてよくある質問
姫塚古墳はどんな形ですか。
前方後円墳で、全長は約31メートルです。
川柳将軍塚古墳とはどんな関係ですか。
姫塚古墳は川柳将軍塚古墳の北方約200メートルにあり、二つあわせて国の史跡になっています。
国の史跡になったのはいつですか。
1977年(昭和52年)7月14日です。
川柳将軍塚古墳はいつごろの古墳ですか。
西暦400年前後の築造と考えられ、善光寺平で最も古い時期の大型古墳とされています。
姫塚古墳(長野市)と併せて覚えたい言葉・用語
前方後円墳()
円形の後円部と四角い前方部をつないだ、鍵穴形の古墳。
善光寺平()
長野盆地の別名。千曲川と犀川が合流する一帯。
断層崖()
断層のずれによってできた急な斜面。
姫塚古墳(長野市)の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。