墳丘長約115メートルの前方後円墳。墳丘に白い石英を用いた、県内初期の大型古墳。
白鳥塚古墳(名古屋市)とはどんな古墳か
白鳥塚古墳(名古屋市)の読み方と別名
読みは「シラトリヅカコフン」です。
白鳥塚古墳(名古屋市)(シラトリヅカコフン)
守山区上志段味の古墳。同じ名の古墳と区別するための表記です。
白鳥塚古墳名古屋市(シラトリヅカコフン)
白鳥塚古墳(名古屋市)は誰の墓か
白鳥塚古墳は学術的な発掘調査を経ておらず、墳丘の内部にある埋葬施設の構造はわかっていません。葬られた人物を示す資料もありません。
名古屋市の解説には、ヤマト政権の大王墓とされる奈良県の柳本行燈山古墳に墳丘の形が似ていることが書かれています。
被葬者を示す資料はない:特定されていない
埋葬施設は学術発掘を経ていないため不明とされる。
白鳥塚古墳(名古屋市)の大きさと形
名古屋市の解説では、墳丘長は約115メートル、後円部径は約75メートル、前方部長は約43メートルです。文化遺産オンラインの史跡説明には全長110メートル・後円部径60メートルという数字もあり、115メートルとする記述も併記されています。このページでは名古屋市の解説の数字を採りました。
墳丘長:約115メートル
後円部径・前方部長:約75メートル・約43メートル
白鳥塚古墳(名古屋市)はいつ作られたか
築造は4世紀前半と考えられています。墳丘の形から、愛知県で最も古い時期に属する古墳と見られています。
白鳥塚古墳(名古屋市)の場所と行き方(観光情報)
所在地は名古屋市守山区上志段味です。名古屋市の解説ページでは「志段味古墳群歴史の里」の一つとして紹介されています。
白鳥塚古墳
白鳥塚古墳の住所:愛知県名古屋市守山区大字上志段味字東谷2107
白鳥塚古墳(名古屋市)の発見と調査の歩み
白い石英で覆われた墳丘
白鳥塚古墳の墳丘には、角礫と円礫を使った葺石があります。後円部の頂上には石英が敷かれ、斜面の葺石の上にも多量の石英がまかれていました。築造当時は白く光って見えたはずで、これが名前の由来とされます。
墳丘の周りには周濠もあります。後円部に比べ、前方部が細く短いのが形の特徴です。
志段味古墳群の最初の大型古墳
白鳥塚古墳は、2014年(平成26年)の追加指定と名称変更で、志段味古墳群の一部として一体的に保護されることになりました。もとの史跡指定は1972年(昭和47年)11月です。
東海地方で最初の大型前方後円墳であり、愛知県内では断夫山古墳、青塚古墳に次ぐ規模です。柳本行燈山古墳に似た墳形は、築造当時の東海地方とヤマト政権との結びつきを考える手掛かりになります。
白鳥塚古墳(名古屋市)から出土したもの
土師器・須恵器
古墳が築かれたあとの時代のものが見つかっている。
白鳥塚古墳(名古屋市)と関連する古墳
白鳥塚古墳(名古屋市)についてよくある質問
白鳥塚古墳はどこにありますか。
愛知県名古屋市守山区大字上志段味字東谷2107です。
白鳥塚古墳はいつ造られましたか。
4世紀前半です。愛知県で最も古い時期に属する古墳と考えられています。
白鳥塚古墳の名前の由来は何ですか。
後円部の頂上や葺石の上にまかれた石英が白く輝いて見えたことによるとされます。
白鳥塚古墳の大きさはどれくらいですか。
墳丘長は約115メートルで、愛知県内では断夫山古墳、青塚古墳に次ぐ3番目です。
白鳥塚古墳(名古屋市)と併せて覚えたい言葉・用語
葺石()
墳丘の斜面を覆うように敷き詰めた石。
周濠()
古墳の本体を取り囲む水や空の堀。
前方後円墳()
円形の後円部と四角い前方部をつなげた、鍵穴のような形の古墳。
石英()
白色や無色の硬い鉱物。
白鳥塚古墳(名古屋市)の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。