13基の横穴式石室墳からなる群集墳。道路工事で3基を調査し、残る10基を保存。
大成古墳群とはどんな古墳か
大成古墳群は、京丹後市丹後町竹野にある13基の横穴式石室墳からなる群集墳です。片山古墳・産土山古墳と連続する丘陵の北端にあたり、現在は国道によって丘陵が分断されています。
昭和42年(1967年)に白南風荘の建設に伴って3基(7・8・9号墳)が発掘され、須恵器や鉄刀、金環が多数出土しました。残る10基は工事計画の一部変更により、現状のまま保存されています。
大成古墳群の読み方と別名
大成古墳群(タイザコフングン)
大成古墳群は誰の墓か
京丹後市の解説ページには、被葬者についての記述がありません。語られているのは、13基が丘陵に並ぶ群集墳であること、3基が発掘されたこと、9号墳が公園として整備されていることです。
市の解説ページに被葬者の記述はない:記載なし
大成古墳群の大きさと形
古墳の数は13基で、いずれも横穴式石室を持ちます。個々の墳丘の大きさは、確認した資料には書かれていません。
基数:13基(横穴式石室墳)
発掘された数:3基(7・8・9号墳)。残る10基は現状保存
大成古墳群はいつ作られたか
京丹後市の指定文化財一覧では、大成古墳群の時代は古墳時代後期とされています。
大成古墳群の場所と行き方(観光情報)
大成古墳群(9号墳の古墳公園)
大成古墳群(9号墳の古墳公園)の住所:京都府京丹後市丹後町竹野
内部見学:9号墳は古墳公園のように整備されている。
大成古墳群の発見と調査の歩み
白南風荘の建設で掘られた3基
調査のきっかけは、昭和42年(1967年)の白南風荘の建設でした。この工事に伴って、13基のうち7号墳・8号墳・9号墳の3基が発掘されています。
出土したのは多数の須恵器と鉄刀、金環です。残る10基は工事計画の一部が変更されたため、掘られることなく現状のまま保存されました。
公園になった9号墳と、国道で分かれた丘陵
大成古墳群があるのは、片山古墳・産土山古墳と続く丘陵の北端です。現在は国道がこの丘陵を分断しています。
発掘された9号墳は古墳公園のように整備され、一般の見学者が多く訪れます。小学生・中学生の歴史教材としても使われています。昭和61年(1986年)6月18日には、市の指定文化財(史跡)になりました。
大成古墳群から出土したもの
須恵器
昭和42年に発掘された3基から多数出土。
鉄刀
同じ調査で出土。
金環
同じ調査で出土。
大成古墳群と関連する古墳
大成古墳群についてよくある質問
大成古墳群は何基の古墳からなりますか。
13基の横穴式石室墳からなる群集墳です。
発掘されたのはどの古墳ですか。
昭和42年に白南風荘の建設に伴って、7号墳・8号墳・9号墳の3基が発掘されました。残る10基は現状のまま保存されています。
見学できる古墳はありますか。
9号墳が古墳公園のように整備されており、一般の見学者が多く訪れます。
史跡に指定されていますか。
京丹後市の指定文化財(史跡)で、指定日は昭和61年6月18日です。
大成古墳群と併せて覚えたい言葉・用語
群集墳()
小さな古墳が同じ丘陵や台地に、数基から数百基まとまって築かれた古墳群。
横穴式石室()
横の通路(羨道)から出入りできる、石を積んで造った埋葬室。
須恵器()
窯で高温焼成した、灰色で硬い土器。
金環()
金や金めっきの輪の形をした耳飾り。
大成古墳群の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。