墳丘長210メートルの前方後円墳。水濠を含めると全長261メートルになる。
築山古墳(大和高田市)とはどんな古墳か
築山古墳は、奈良県大和高田市築山にある墳丘長210メートルの前方後円墳です。大和高田市内の古墳の中で最大で、周囲の水濠を含めると全長は261メートルになります。
5世紀ごろの築造とされ、武烈天皇の陵墓と伝えられてきました。現在は磐園陵墓参考地とも呼ばれます。
築山古墳(大和高田市)の読み方と別名
築山古墳(大和高田市)(ツキヤマコフン)
別名は磐園陵墓参考地。
築山古墳(大和高田市)は誰の墓か
大和高田市の観光案内は、この古墳を武烈天皇の陵墓と伝えつつ、被葬者は特定されていないとしています。
伝承:武烈天皇
被葬者は特定されていない。
築山古墳(大和高田市)の大きさと形
墳丘は前方部・後円部とも3段築成で、盾形の周濠が全周します。さらに周濠の外には周庭があり、葺石が施され、埴輪があったと記録されています。立地は平野で、標高は約65メートル、周囲の水田との比高は0〜5メートルです。
墳丘長:210メートル(水濠を含む全長は261メートル)
後円部径:120メートル
前方部幅:105メートル
築山古墳(大和高田市)はいつ作られたか
大和高田市の観光案内は、古墳の最盛期にあたる5世紀ごろの築造としています。
築山古墳(大和高田市)の場所と行き方(観光情報)
築山古墳
築山古墳の住所:奈良県大和高田市築山
駐車場:駐車場なし
築山古墳(大和高田市)の発見と調査の歩み
水濠と周庭に囲まれた3段の墳丘
築山古墳は平野に築かれた前方後円墳で、周濠は盾形に全周します。墳丘は前方部が3段、後円部も3段です。後円部の頂の径は25メートル、くびれ部の幅は80メートル、前方部の長さは103メートルと記録されています。
葺石があり、埴輪が出土しています。周濠の外側にはさらに周庭が巡ります。奈良文化財研究所の全国遺跡報告総覧は、総長を318メートルとしています。
武烈天皇陵と伝えられた古墳
築山古墳は武烈天皇の陵墓と伝えられてきた古墳です。大和高田市は、被葬者は特定されていないとしています。
宮内庁書陵部の紀要には、1979年に、外堤に隣接する市道の護岸設置区域を調査した報告が載っています。
築山古墳(大和高田市)から出土したもの
埴輪
遺物として全国遺跡報告総覧に記録されている。
築山古墳(大和高田市)と関連する古墳
築山古墳(大和高田市)についてよくある質問
築山古墳の大きさはどのくらいですか。
墳丘長は210メートルで、水濠を含めると全長261メートルです。大和高田市内の古墳で最大です。
築山古墳は誰の墓ですか。
武烈天皇の陵墓と伝えられていますが、被葬者は特定されていません。
築山古墳には駐車場がありますか。
大和高田市の観光案内では「無し」とされています。
築山古墳にはどんな施設がありますか。
葺石と埴輪があり、周濠は盾形で全周します。墳丘は前方部・後円部とも3段です。
築山古墳(大和高田市)と併せて覚えたい言葉・用語
前方後円墳()
円形の後円部と四角い前方部をつないだ、鍵穴形の古墳。
周濠()
古墳の墳丘を取り巻くように掘られた堀。水をたたえるものもある。
周庭()
周濠の外側に設けられた、帯状の平らな地。
陵墓参考地()
天皇や皇族の墓かと考えられるが、被葬者が確定していない墓として宮内庁が管理する場所。
築山古墳(大和高田市)の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。