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大阪府

茶臼山古墳(大阪市)とはどんな古墳か|誰の墓か・場所

茶臼山古墳(大阪市)  / チャウスヤマコフン

前方後円墳 5世紀

古墳か築山かをめぐり見方が分かれる丘。埴輪片が確認されず、古墳説には再検討がある。

茶臼山古墳(大阪市)とはどんな古墳か

茶臼山古墳は、大阪市天王寺区の天王寺公園内にある丘です。大阪府の指定史跡「茶臼山古墳および河底池」として、古墳時代の史跡に位置づけられています。

古くから全長200メートルの大型の前方後円墳と伝えられてきましたが、1986年の発掘調査でこの説に疑問が生じました。一方で、古墳の可能性も残されています。

茶臼山古墳(大阪市)の読み方と別名

読みは「チャウスヤマコフン」です。

茶臼山古墳(大阪市)(チャウスヤマコフン)

大阪府の指定名称は「茶臼山古墳および河底池」。

茶臼山(チャウスヤマ)

大阪市の公園案内では「茶臼山」と紹介されている。

茶臼山古墳(大阪市)は誰の墓か

古墳としての性格が確定していないため、被葬者についての公式な説明はありません。四天王寺の境内にある長持形石棺の蓋は、茶臼山に納められていたものと推測されてきました。

石棺の蓋を茶臼山に結びつける推測:示されていない

四天王寺の別名「荒陵寺」も茶臼山古墳に由来するとされる。

茶臼山古墳(大阪市)の大きさと形

従来は全長200メートルの大型前方後円墳と伝えられてきましたが、発掘調査の結果、この数字には疑問が生じています。

従来説の規模:全長200メートルの前方後円墳(1986年の調査後に疑問が生じた)

茶臼山古墳(大阪市)はいつ作られたか

大阪市の案内では、5世紀ごろの前方後円形の古墳だとする説が紹介されています。大阪府の説明では、平安時代以前に築かれた盛土が古墳の築造によく用いられた工法と似ていることが分かり、古墳の可能性が残されたとしています。

茶臼山古墳(大阪市)の場所と行き方(観光情報)

茶臼山古墳(天王寺公園内)

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茶臼山古墳(天王寺公園内)の住所:大阪府大阪市天王寺区茶臼山町1

交通:JR環状線「天王寺駅」、地下鉄谷町線・御堂筋線「天王寺駅」

料金:入園料は無料

内部見学:開園時間は7時から22時、年中無休

茶臼山古墳(大阪市)の発見と調査の歩み

  1. 大坂の陣の本陣になった丘
  2. 周濠の跡といわれた河底池

大坂の陣の本陣になった丘

茶臼山は、大坂冬の陣(1614年)で徳川家康が本陣を置き、大坂夏の陣では真田幸村の本陣となって「茶臼山の戦い」の舞台になった場所です。1986年の発掘調査では、家康の本陣の建物跡と堀割が確認されました。

周濠の跡といわれた河底池

隣の河底池は、古墳を囲んでいた周濠の痕跡と考えられてきました。これとは別の説として、和気清麻呂が上町台地を横切る堀川を掘ったときの土を積み上げたものが茶臼山で、その名残が河底池だとする説も大阪市の案内で紹介されています。

茶臼山古墳(大阪市)と関連する古墳

同じ時代・地域 同じ古墳群・形 比較対象 学説・治定の違い

茶臼山古墳(大阪市)についてよくある質問

茶臼山は本当に古墳ですか。

定まっていません。前方後円墳と伝えられてきましたが、1986年の発掘調査で疑問が生じ、一方で古墳の築造に似た盛土が見つかったため可能性も残っています。

どこにありますか。

大阪市天王寺区茶臼山町1の天王寺公園内です。

見学できますか。

天王寺公園は7時から22時まで開園し、年中無休、入園料は無料です。

史跡に指定されていますか。

1972年3月31日に、大阪府の史跡「茶臼山古墳および河底池」として指定されています。

茶臼山古墳(大阪市)と併せて覚えたい言葉・用語

周濠()

古墳の外側を取り囲む水をたたえた堀。

長持形石棺()

長持(箱形の大きな収納具)に似た形の、大型の石の棺。

盛土()

土を盛り上げて築いた部分。

茶臼山古墳(大阪市)の参考資料

この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。

  1. 大阪府
  2. 大阪市・大阪府