名古屋市に66基。歴史の里として整備された古墳群。
志段味古墳群とはどんな古墳か
志段味古墳群はひとことで言えば名古屋市最大の古墳群です。愛知県名古屋市守山区上志段味にあり、名古屋市はこの地区で66基の古墳が確認されているとしています。
主要な古墳は「志段味古墳群歴史の里」として整備され、勝手塚古墳、志段味大塚古墳、尾張戸神社古墳、中社古墳、南社古墳、白鳥塚古墳、東谷山白鳥古墳などで構成されます。
代表となるのが白鳥塚古墳です。名古屋市は「墳丘 前方後円墳(墳長約115m・後円部径約75m・前方部長約43m)」「葺石 あり(角礫と円礫)」「周濠 あり」とし、築造時期を4世紀前半としています。
名古屋市はこの古墳を「愛知県下において、名古屋市断夫山古墳、犬山市青塚古墳に次いで第3位の規模を誇り、東海地方で最初に造られた大型前方後円墳です」としています。
志段味古墳群の読み方と別名
読みは「しだみこふんぐん」です。所在地の上志段味(かみしだみ)という地名によります。
代表となる白鳥塚古墳は「しろとりづかこふん」と読みます。名の由来は鳥ではなく、石です。名古屋市は次のように説明しています。
墳丘の装飾として、後円部頂部に石英が敷かれ…石英で白く輝いていた外観が、白鳥塚の名称の由来となったと言われています
葺石の上にさらに白い石英を敷くという、手の込んだ飾り方をしていました。
志段味古墳群(しだみこふんぐん)
名古屋市が用いる名。
白鳥塚古墳(しろとりづかこふん)
群を代表する前方後円墳。後円部頂に石英が敷かれ、白く輝いていたことが名の由来とされる。
志段味古墳群歴史の里(しだみこふんぐんれきしのさと)
主要な古墳を整備した史跡公園の名。
志段味古墳群は誰の墓か
志段味古墳群の被葬者はわかっていません。群としての一括した被葬者についても、代表となる白鳥塚古墳についても、名古屋市の公式ページに人物名の記載はありません。
わかるのは、この地域を束ねた首長の墓域であったということです。
手がかりのひとつが規模の順位です。名古屋市は白鳥塚古墳を「愛知県下において、名古屋市断夫山古墳、犬山市青塚古墳に次いで第3位の規模」としています。県内で3番目という位置づけです。
もうひとつが年代です。白鳥塚古墳は4世紀前半で、東海地方で最初に造られた大型前方後円墳とされます。つまり、この地域に古墳という文化がまず届いた場所ということになります。
66基が4世紀から7世紀まで築かれ続けたことから、長い期間にわたって同じ一族が力を保っていたと考えられます。
名古屋市の説明:わかっていない
白鳥塚古墳についても、群全体についても、被葬者名の記載はない。
志段味古墳群の大きさと形
群には66基の古墳が確認されています。前方後円墳・円墳など、形も規模もさまざまです。
代表となる白鳥塚古墳について、名古屋市は「墳丘 前方後円墳(墳長約115m・後円部径約75m・前方部長約43m)」としています。葺石は角礫と円礫の両方が使われ、周濠もあります。
愛知県内での順位は3番目。1位が名古屋市の断夫山古墳、2位が犬山市の青塚古墳です。
特徴は後円部の頂に敷かれた石英です。葺石の上に白い石を敷き、遠くから白く見えるようにしていました。
古墳の数:66基
白鳥塚古墳の墳長:約115メートル
白鳥塚古墳の後円部径:約75メートル
白鳥塚古墳の前方部長:約43メートル
愛知県内での順位:白鳥塚古墳が第3位(断夫山古墳・青塚古墳に次ぐ)
志段味古墳群はいつ作られたか
名古屋市は、白鳥塚古墳の築造時期を4世紀前半とし、「東海地方で最初に造られた大型前方後円墳」としています。
群には66基があり、4世紀から7世紀にかけて築かれ続けました。300年という長い期間です。
4世紀前半といえば、奈良盆地でも古墳が造られ始めて間もない時期です。東海地方に大型の前方後円墳が現れるのが、これほど早かったということになります。
同じ4世紀前半から中頃には、長野県の森将軍塚古墳(4世紀中頃)も築かれています。東国に古墳という文化が広がっていく時期にあたります。
志段味古墳群の場所と行き方(観光情報)
「志段味古墳群歴史の里」として整備されており、主要な古墳を歩いて回れます。
公共交通なら、名古屋市の基幹バスゆとりーとラインで大曽根から「上志段味」まで約35分。大都市のなかで、これだけの規模の古墳群を歩ける場所は多くありません。
志段味古墳群(しだみ古墳群ミュージアム)
志段味古墳群(しだみ古墳群ミュージアム)の住所:愛知県名古屋市守山区大字上志段味字前山1367(ミュージアムの所在地)。白鳥塚古墳は守山区大字上志段味字東谷2107
交通:JR中央本線・愛知環状鉄道 高蔵寺駅から南へ徒歩約24分。ゆとりーとライン 大曽根駅から「上志段味」停まで約35分、下車 徒歩約7分。東名高速道路 守山スマートインターチェンジから約10分
駐車場:乗用車101台、大型バス4台(特定のイベント時のみ有料)
料金:入館料は無料。展示室のみ有料200円(中学生以下無料)
内部見学:整備された古墳の墳丘を歩ける
入館料が無料で、駐車場も101台あります。開館時間は9時から17時(展示室への最終入室は16時30分)、休館日は毎週月曜日(祝日の場合は翌平日)と12月29日から1月3日です。
しだみ古墳群ミュージアムを起点に、整備された古墳を歩いて回れます。
志段味古墳群の発見と調査の歩み
白い石で飾られた古墳
白鳥塚古墳の名は、鳥に由来しません。石に由来します。
名古屋市は次のように説明しています。
墳丘の装飾として、後円部頂部に石英が敷かれ…石英で白く輝いていた外観が、白鳥塚の名称の由来となったと言われています
石英は白く不透明な鉱物です。それを後円部の頂に敷きつめました。葺石は角礫と円礫の両方が使われています。
葺石で斜面を覆うだけでなく、頂を白い石で飾る。手間のかかる仕上げです。
遠くから見て、丘の上が白く光る。そういう見え方を狙って造られた古墳でした。名は、その姿を見た後世の人が付けたものです。
66基が300年にわたって築かれた
志段味古墳群の特徴は、期間の長さです。
名古屋市はこの地区で66基の古墳が確認されているとしています。もっとも古い白鳥塚古墳が4世紀前半、以後7世紀まで築かれ続けました。
主要な古墳として整備されているのは、勝手塚古墳、志段味大塚古墳、尾張戸神社古墳、中社古墳、南社古墳、白鳥塚古墳、東谷山白鳥古墳です。
同じ丘陵に、300年にわたって墓が築かれ続けたということは、この地域を治めた一族が長く続いたことを意味します。
古墳の形と大きさの移り変わりを、ひとつの場所で追える。これがこの群の学術的な価値です。
大都市のなかに残った
志段味古墳群は、名古屋市という大都市の行政区域の中にあります。
多くの古墳群は、市街地の開発によって失われました。大阪の百舌鳥古墳群でも、記録に残るだけで消えた古墳が少なくありません。
志段味では66基が残り、主要なものが「志段味古墳群歴史の里」として整備されました。しだみ古墳群ミュージアムが2019年に開館し、乗用車101台の駐車場が用意されています。
入館料は無料、展示室のみ200円、中学生以下は無料。誰でも立ち寄れる場所として運営されています。
残すという判断が、いまの姿を作りました。
志段味古墳群から出土したもの
白鳥塚古墳の出土遺物として名古屋市が挙げているのは、土師器と須恵器です。ただし「古墳築造後のもの」と注記されています。
つまり、葬られたときに納められた副葬品としては、確かめられているものがありません。
土師器・須恵器
白鳥塚古墳の出土遺物。名古屋市は「古墳築造後のもの」としている。
石英
後円部の頂に敷かれていた。白鳥塚という名の由来になったとされる。
葺石
角礫と円礫の両方が使われている。
志段味古墳群と関連する古墳
志段味古墳群についてよくある質問
志段味古墳群は誰の墓ですか。
わかっていません。名古屋市の公式ページにも被葬者名の記載はありません。この地域を長く束ねた一族の墓域と考えられます。
志段味古墳群には古墳がいくつありますか。
名古屋市は66基が確認されているとしています。主要な古墳が「志段味古墳群歴史の里」として整備されています。
白鳥塚古墳の大きさはどれくらいですか。
名古屋市によれば墳長約115メートル、後円部径約75メートル、前方部長約43メートルです。愛知県内では断夫山古墳、青塚古墳に次いで第3位の規模です。
志段味古墳群はどこにありますか。
愛知県名古屋市守山区上志段味です。しだみ古墳群ミュージアムはJR高蔵寺駅から徒歩約24分、ゆとりーとライン「上志段味」停から徒歩約7分です。
志段味古墳群の見学に料金はかかりますか。
入館料は無料です。展示室のみ200円で、中学生以下は無料です。駐車場は乗用車101台分あります。
志段味古墳群と併せて覚えたい言葉・用語
石英(せきえい)
白く不透明な鉱物。白鳥塚古墳では後円部の頂に敷かれていた。
角礫(かくれき)
角のある石。川で丸くなった円礫と区別する。
須恵器(すえき)
朝鮮半島から伝わった技術で焼いた、青灰色の硬い土器。
土師器(はじき)
弥生土器の流れをくむ、赤みを帯びた素焼きの土器。
志段味古墳群の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。