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愛知県

青塚古墳とはどんな古墳か|誰の墓か・場所

青塚古墳  / アオツカコフン

前方後円墳 4世紀

愛知県で2番目に大きい前方後円墳。戦国時代には砦になった。

青塚古墳とはどんな古墳か

青塚古墳はひとことで言えば愛知県で2番目に大きい古墳です。愛知県犬山市字青塚にあり、犬山市は全長約123メートルで、名古屋市の断夫山古墳に次ぐ県下2番目の大きさの前方後円墳としています。築造年代は4世紀中頃です。

別称は「茶臼山古墳」または「王塚」。さらに天正12年(1584年)の小牧長久手の戦いで秀吉陣営の砦として使われたことから「青塚砦」とも呼ばれます。

かつては周辺に10数基の古墳が点在していましたが、いまは南西の籔の中に小円墳数基を残すのみです。昭和54年、ほ場整備の計画に対して地元から出た「古墳の保存を」という強い要望が、この古墳を残しました。平成12年8月5日に青塚古墳史跡公園が開園しています。

青塚古墳の読み方と別名

読みは「あおつかこふん」です。文化庁の国指定文化財等データベースも、この読みで登録しています。

名の由来は、犬山市の説明にあります。造られた当時は石で覆われていましたが、青々と草が茂る姿から地名の由来になり、草刈りをして大切に守ってきた地元の人びとの愛着心を尊重して、いまも全体にコグマザサを植えているとのことです。

別称の「茶臼山古墳」は、同じ第5組の柳井茶臼山古墳(山口県)と同じ見立てによる名です。もうひとつの「王塚」も、福岡県桂川町の王塚古墳と同じ呼び方にあたります。

青塚古墳(あおつかこふん)

犬山市と文化庁が用いる名。文化庁のふりがなもこの形。

茶臼山古墳(ちゃうすやまこふん)

犬山市が挙げる別称のひとつ。

青塚砦(あおつかとりで)

天正12年の小牧長久手の戦いで砦として使われたことによる呼び名。

青塚古墳は誰の墓か

青塚古墳の被葬者はわかっていません。犬山市も文化庁も、人物を確定する記載はしていません。宮内庁の治定もありません。

ただし、犬山市はひとつの伝承を紹介しています。

青塚古墳の約3.5キロメートル東にある尾張二宮大縣(おおあがた)神社では、「青塚古墳は大縣神社の御祭神である神裔大荒田命(おおあらたのみこと)の墳墓である」と伝えられています。

これは社に伝わる伝承であって、学術的に確かめられた事実ではありません。犬山市も「伝えられています」という書き方をしています。

それでも、この伝承は生きた形で続いています。犬山市によれば、毎年、中秋の名月に近い週末の夕刻から日没にかけて、大縣神社による「墓前祭」が執り行われています。青塚古墳の所有者は、いまも大縣神社です。

公式の説明:わかっていない

人物を確定する記載はない。大縣神社の伝承を紹介するにとどまる。

神社に伝わる伝承:大荒田命

大縣神社が御祭神の墳墓と伝えるもの。毎年、墓前祭が行われている。

青塚古墳の大きさと形

犬山市が挙げる規模は次のとおりです。墳丘長 約123メートル、後円部径 約78メートル、後円部高 約12メートル、前方部長 約45メートル、前方部幅 約62メートル、後円部と前方部をつなぐくびれ部の幅 約43メートル、前方部高 約7メートルです。

後円部の径78メートルに対して前方部の長さは45メートル。後円部が大きく、前方部が短い形をしています。同じ第5組の昼飯大塚古墳(岐阜県大垣市)も後円部径99メートルに対し前方部長約50メートルで、同じ傾向を示します。

出土遺物は埴輪(壺形埴輪、円筒埴輪など)と鏃形石製品3点です。犬山市は、発掘調査の結果から、造られた当時は石で覆われていたことがわかったとしています。

墳丘長:約123メートル

後円部:径 約78メートル・高さ 約12メートル

前方部:長さ 約45メートル・幅 約62メートル・高さ 約7メートル

くびれ部の幅:約43メートル

県内での順位:2番目(名古屋市の断夫山古墳に次ぐ)

国の史跡の指定:1983年2月8日(昭和58年)

青塚古墳はいつ作られたか

犬山市は、この古墳の築造年代を4世紀中頃としています。

同じ犬山市の東之宮古墳は3世紀後半から4世紀初頭で、青塚古墳のほうが少しあとになります。前方後方墳のあとに前方後円墳が築かれた、という順番です。

4世紀中頃の東海では、名古屋市の志段味古墳群でも古墳の築造が続いていました。少しあとの4世紀末には、岐阜県大垣市の昼飯大塚古墳が造られます。

犬山扇状地の南西端という立地も見どころです。木曽川が濃尾平野に出る場所にあたり、東之宮古墳から青塚古墳へ、そして西の美濃へと、大型の古墳が連なっていきます。

青塚古墳の場所と行き方(観光情報)

同じ犬山市には東之宮古墳があり、犬山市のページからも相互にリンクされています。名鉄の犬山駅・犬山遊園駅から歩ける東之宮古墳に対し、青塚古墳は楽田駅が最寄りです。

2基は同じ市内ですが、駅も方角も別です。青塚古墳から約3.5キロメートル東には、伝承のもととなった尾張二宮の大縣神社があります。

史跡 青塚古墳(青塚古墳史跡公園)

地図で開く

史跡 青塚古墳(青塚古墳史跡公園)の住所:犬山市字青塚

交通:名鉄「楽田駅」より徒歩30分

駐車場:公式に確認できませんでした

料金:公式に確認できませんでした

内部見学:青塚古墳史跡公園として整備され、平成12年8月5日に開園している

犬山市は行き方を名鉄「楽田駅」より徒歩30分としています。所在地は犬山市字青塚で、文化庁の所在地欄も同じ表記です。

駐車場と料金については、犬山市のページに記載を確かめられませんでした。

平成8年から文化庁の史跡等活用特別事業に採択されて整備が進み、平成12年8月5日に青塚古墳史跡公園がオープンしました。墳丘全体にコグマザサが植えられ、青い塚のイメージが残るようにしてあります。

青塚古墳の発見と調査の歩み

  1. 古墳を残した、地元の一言
  2. 砦になった古墳
  3. コグマザサで青くする

古墳を残した、地元の一言

青塚古墳がいまも残っているのは、住民の声によります。

犬山市の説明はこうです。昭和54年(西暦1979年)、古墳を含む周辺一帯にほ場整備事業が計画されましたが、地元の方々から「古墳の保存を」という強い要望があり、同年、それまで不明であった古墳の範囲確認と保存を目的とした最小限の発掘調査が行われました。

調査の結果、歴史的にも学術的にも価値が高いことが判明し、ほ場整備事業の対象区域から除外されることになりました。そして昭和58年2月、国の史跡に指定されます。

同じ形の話はほかにもあります。いたすけ古墳(大阪府堺市)は市民運動で守られ、高尾山古墳(静岡県沼津市)は道路事業との両立が図られました。残るかどうかは、そのときの人が決めています。

砦になった古墳

天正12年(西暦1584年)、小牧長久手の戦いが起こります。

犬山市によれば、青塚古墳はこのとき秀吉陣営の砦として使用され、そのことから「青塚砦」とも呼ばれるようになりました。

墳丘は高さ約12メートルの後円部を持ちます。平地に築かれた12メートルの土の山は、周囲を見渡すのに都合がよく、削って平らにすれば陣を置けます。古墳が城砦に転用された例は各地にあります。

今城塚古墳(大阪府高槻市)は戦国時代に城砦となり、黒塚古墳(奈良県天理市)は中世に山城として使われました。青塚古墳もその一つです。砦にされたことが、結果として更地にされることを防いだという見方もできます。

コグマザサで青くする

整備のとき、犬山市はひとつの判断をしました。

発掘調査の結果、造られた当時は石で覆われていたことがわかりました。つまり、忠実に復元するなら葺石で覆うべきです。しかし犬山市はそうしませんでした。

青々と草が茂る姿から地名の由来にもなり、草刈りをして大切に守ってきた地元の方々の愛着心を尊重し、全体にコグマザサを植えて「青い塚」のイメージが残るように努めています。

築造時の姿と、人びとが見てきた姿。二つのうち、後者を選んだということです。

古墳の整備には正解がありません。甲斐銚子塚古墳(山梨県甲府市)は出土した遺構を地上に復元表示する道を選びました。それぞれの土地で、残し方が違います。

青塚古墳から出土したもの

犬山市が挙げる出土遺物は、埴輪(壺形埴輪、円筒埴輪など)と鏃形石製品3点です。

鏡や鉄製品の出土は、犬山市のページでは挙げられていません。同じ犬山市の東之宮古墳が鏡11面を出しているのと対照的です。国の史跡としての所有者は大縣神社です。

壺形埴輪

犬山市が出土遺物の写真に添えて挙げている埴輪。

円筒埴輪

筒形の埴輪。墳丘に並べて立てられた。

鏃形石製品

矢じりの形をした石の製品。3点が出土している。

葺石

発掘調査により、造られた当時は石で覆われていたことがわかった。

青塚古墳と関連する古墳

青塚古墳についてよくある質問

青塚古墳は誰の墓ですか。

わかっていません。犬山市も人物を確定していません。ただし大縣神社には、御祭神である大荒田命の墳墓であるという伝承があり、いまも毎年の墓前祭が行われています。

青塚古墳の大きさはどれくらいですか。

犬山市は墳丘長約123メートル、後円部径約78メートル、後円部高約12メートル、前方部長約45メートル、前方部幅約62メートル、前方部高約7メートルとしています。

青塚古墳は愛知県で何番目の大きさですか。

犬山市は、名古屋市の断夫山古墳に次ぐ愛知県下2番目の大きさの前方後円墳としています。

青塚古墳はいつ作られましたか。

犬山市は4世紀中頃としています。国の史跡に指定されたのは昭和58年(1983年)2月8日です。

青塚古墳はどこにありますか。

愛知県犬山市字青塚です。名鉄「楽田駅」より徒歩30分。平成12年8月5日に開園した青塚古墳史跡公園として整備されています。

青塚古墳と併せて覚えたい言葉・用語

くびれ部(くびれぶ)

前方後円墳の、後円部と前方部がつながる細くなった部分。

鏃形石製品(やじりがたせきせいひん)

矢じりの形をまねた石の製品。実用ではなく祭りに使われたとみられる。

ほ場整備(ほじょうせいび)

農地を区画し直して耕作しやすくする事業。遺跡の発掘の契機になることが多い。

(とりで)

戦のために設けた小規模な陣地。見晴らしのきく古墳が使われることがあった。

青塚古墳の参考資料

この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。

  1. 犬山市
  2. 文化庁