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愛知県

断夫山古墳とはどんな古墳か|誰の墓か・場所

断夫山古墳  / ダンプサンコフン

前方後円墳 5世紀6世紀

東海地方でいちばん大きい前方後円墳。名古屋市熱田区にある国史跡。

断夫山古墳とはどんな古墳か

愛知県名古屋市熱田区旗屋にある前方後円墳です。名古屋市は、国指定史跡の一覧でこの古墳を前方後円墳 東海地方最大と記しています。

史跡としての面積は、名古屋市が14,694.05平方メートル、文化庁が23193.47平方メートルとしています。数字が違うのは、令和6年(2024年)10月11日に史跡の範囲が追加指定されたためと考えられます。

国の史跡に指定されたのは昭和62年(1987年)7月9日です。名古屋市は時代を古墳中から後期としています。

注意が要るのは、墳丘の長さを記した公式ページを確かめられなかったことです。東海地方最大という位置づけは公表されていますが、何メートルなのかは、公式の資料からは書けませんでした。

断夫山古墳の読み方と別名

読みは「だんぷさんこふん」です。文化庁の国指定文化財等データベースは、ふりがなを「だんぷさんこふん」としています。

「だんぷやま」と読まれることもありますが、公式にふりがなが示されているのは「だんぷさん」のほうです。

「断夫」という字面は目を引きます。夫を断つ、と読めるためです。名の由来については、公式ページに記載を確かめられませんでした。

同じ名古屋市の国指定史跡には、志段味古墳群八幡山古墳があります。志段味古墳群は白鳥塚古墳など7つの古墳を含み、八幡山古墳は県下最大の円墳とされています。

断夫山古墳(だんぷさんこふん)

文化庁の国指定文化財等データベースがふりがなとして示す読み。名古屋市もこの表記を用いる。

志段味古墳群(しだみこふんぐん)

同じ名古屋市にあるもうひとつの国史跡の古墳群。守山区上志段味に広がる。

八幡山古墳(はちまんやまこふん)

名古屋市の国指定史跡の一覧に県下最大の円墳として載る古墳。断夫山古墳とは別の古墳。

断夫山古墳は誰の墓か

この古墳に葬られた人が誰かは、わかっていません

名古屋市の国指定文化財の一覧には、断夫山古墳について面積・時代・指定年月日・所在地が並ぶだけで、被葬者についての記載はありません。

文化庁の国指定文化財等データベースも同じです。名称、ふりがな、種別、面積、指定年月日、所在地までは書かれていますが、解説文の欄には内容が入っておらず、被葬者にふれる記述を確かめられませんでした。

この古墳は宮内庁が管理する陵墓ではありません。国の史跡です。つまり調査ができる立場にありながら、公表されている一次情報の中には、被葬者を語る材料が見あたりませんでした。

東海地方でいちばん大きい古墳の主が、公式の資料からは名指しできない。それがいまの状態です。

断定できない:わかっていない

国指定史跡としての面積・時代・所在地の記載のみで、被葬者にはふれていない。

断定できない:わかっていない

国指定文化財等データベースにも解説文がなく、被葬者についての記載を確かめられなかった。

断夫山古墳の大きさと形

断夫山古墳の墳丘の長さを記した公式ページを、確かめられませんでした。名古屋市も文化庁も、記しているのは史跡としての面積です。

名古屋市は指定面積を14,694.05平方メートルとし、墳形を前方後円墳、位置づけを東海地方最大としています。文化庁は面積を23193.47平方メートルとしています。

差はおよそ8,500平方メートルです。文化庁のデータベースには、指定年月日1987年7月9日のほかに追加年月日2024年10月11日が記されており、令和6年に史跡の範囲が広げられたことがわかります。名古屋市の数字は追加指定より前のものと考えられます。

墳丘の高さ、後円部の径、前方部の幅についても、公式の記載を確かめられませんでした。

史跡の指定面積(名古屋市):14,694.05平方メートル

史跡の面積(文化庁):23193.47平方メートル

墳形:前方後円墳(東海地方最大)

史跡に指定された日:昭和62年7月9日

史跡の範囲が追加指定された日:令和6年10月11日

断夫山古墳はいつ作られたか

名古屋市は、断夫山古墳の時代を古墳中から後期としています。古墳時代の中期から後期にかけて、という意味です。

同じ一覧に載る志段味古墳群を見ると、白鳥塚古墳が古墳前期の前方後円墳、志段味大塚古墳が古墳中期の帆立貝式古墳、勝手塚古墳が古墳後期の帆立貝式古墳とされています。名古屋市内では、前期から後期までの古墳がひととおりそろっています。

その中で、断夫山古墳は中期から後期にかかる時期に、東海地方でいちばん大きい古墳として築かれました。

より細かい年代、たとえば何世紀の前半か後半かについては、公式の記載を確かめられませんでした。

断夫山古墳の場所と行き方(観光情報)

名古屋市には、断夫山古墳のほかに国指定史跡の古墳が二つあります。守山区の志段味古墳群と、県下最大の円墳とされる八幡山古墳です。

志段味古墳群は白鳥塚古墳・尾張戸神社古墳・中社古墳・南社古墳・志段味大塚古墳・勝手塚古墳・白鳥古墳群からなり、名古屋市の一覧に所在地が細かく記されています。

断夫山古墳

地図で開く

断夫山古墳の住所:名古屋市熱田区旗屋1-10

交通:公式に確認できませんでした

駐車場:公式に確認できませんでした

料金:公式に確認できませんでした

内部見学:公式に確認できませんでした

所在地は、名古屋市が国指定文化財の一覧で公表する名古屋市熱田区旗屋1-10です。文化庁の国指定文化財等データベースは、所在都道府県を愛知県、所在地を名古屋市熱田区としています。

行き方・駐車場・料金・墳丘に入れるかどうかについては、いずれも公式の記載を確かめられませんでした。訪ねる前に、名古屋市の窓口で確かめることをおすすめします。

断夫山古墳の発見と調査の歩み

  1. 東海地方でいちばん大きい古墳
  2. 面積が二つある理由
  3. 大きさが公式に出てこない古墳

東海地方でいちばん大きい古墳

名古屋市は、国指定文化財の一覧で断夫山古墳の説明欄に、こう書いています。古墳中から後期、前方後円墳東海地方最大、と。

短い一行ですが、意味は大きいものです。愛知・岐阜・三重・静岡にまたがる東海地方の中で、いちばん大きい前方後円墳がこの古墳だということになります。

同じ一覧には志段味古墳群も載っており、こちらは前期から後期にわたる7つの古墳を含みます。八幡山古墳は県下最大の円墳とされています。名古屋市という一つの市の中に、地方最大の前方後円墳と県下最大の円墳が並んでいることになります。

全国で見れば、福岡県八女市の岩戸山古墳のように、地方の最大級古墳が地域の勢力を示す例はいくつもあります。

面積が二つある理由

断夫山古墳には、史跡の面積が二つあります。名古屋市が14,694.05平方メートル、文化庁が23193.47平方メートルです。

手がかりは、文化庁のデータベースにありました。指定年月日は1987年7月9日(昭和62年7月9日)ですが、そのすぐ下に追加年月日2024年10月11日(令和6年10月11日)と記されています。

つまり、令和6年に史跡の範囲が広げられました。名古屋市の一覧に載る14,694.05平方メートルは、追加指定より前の数字と考えられます。

古墳の史跡指定は、一度で終わるものではありません。百舌鳥古墳群でも、昭和31年のいたすけ古墳の指定から始まり、平成26年、平成30年、平成31年と追加が重ねられてきました。範囲が広がるたびに、面積の数字は書き換わります。

大きさが公式に出てこない古墳

この記事を書くにあたって、断夫山古墳の墳丘の長さを公式の資料から確かめようとしましたが、できませんでした。

名古屋市の一覧にあるのは史跡の面積だけです。文化庁のデータベースも面積までで、解説文の欄には内容が入っていません。愛知県の文化財ナビ愛知は、開いても個別の解説にたどりつけませんでした。

東海地方最大という位置づけは公表されているのに、何メートルなのかは公表されていません。

数字を書けないときに、それらしい数字を置かないことが大切です。古墳の大きさは、調査のたびに書き換わります。断夫山古墳でも2020年度から2022年度にかけて発掘調査が行われたと伝えられており、今後、公式の数字が示される可能性があります。

断夫山古墳から出土したもの

断夫山古墳の出土品について記した公式ページを、確かめられませんでした。名古屋市の国指定文化財の一覧にも、文化庁の国指定文化財等データベースにも、出土品の記載はありません。

国の史跡であり、宮内庁の陵墓のように発掘が制限されているわけではありません。それでも、公表されている一次情報の中には出土品の一覧が見あたりませんでした。ここは「無い」ではなく「確かめられなかった」と書くほかありません。

断夫山古墳と関連する古墳

断夫山古墳についてよくある質問

断夫山古墳は誰の墓ですか。

わかっていません。名古屋市の国指定文化財の一覧にも、文化庁の国指定文化財等データベースにも、被葬者についての記載はありません。

断夫山古墳はどこにありますか。

名古屋市熱田区旗屋1-10にあります。文化庁は所在地を愛知県名古屋市熱田区としています。

断夫山古墳の大きさはどれくらいですか。

墳丘の長さを記した公式ページを確かめられませんでした。史跡の面積は名古屋市が14,694.05平方メートル、文化庁が23193.47平方メートルとしています。

断夫山古墳はいつ作られましたか。

名古屋市は古墳中から後期としています。何世紀の前半か後半かといった細かい年代は、公式に確認できませんでした。

断夫山古墳の中に入れますか。

公式に確認できませんでした。行き方・駐車場・料金についても、公式の記載を確かめられませんでした。

断夫山古墳と併せて覚えたい言葉・用語

国指定史跡(くにしていしせき)

国が歴史上重要と認めて指定した土地。宮内庁の陵墓とは別の枠組みで扱われる。

追加指定(ついかしてい)

すでに指定された史跡の範囲を、あとから広げること。面積の数字が書き換わる。

帆立貝式古墳(ほたてがいしきこふん)

前方部が短い前方後円墳。帆立貝を伏せたような形に見える。

古墳中期(こふんちゅうき)

古墳時代を三つに分けたうちの真ん中の時期。巨大古墳が数多く築かれた。

断夫山古墳の参考資料

この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。

  1. 名古屋市
  2. 文化庁