文化庁が古墳時代前期のもっとも典型的な前方後円墳の一つとする古墳。
桜井茶臼山古墳とはどんな古墳か
桜井茶臼山古墳は、奈良県桜井市外山にある前方後円墳です。鳥見山の北のふもとに延びる丘陵の末端を利用して築かれています。
文化庁は、墳丘を「全長約207メートル、後円部径約110メートル、同高さ約19メートル、前方部幅約61メートル」などとしています。堺市の古墳大きさランキング(日本全国版)でも207メートルで、全国32位です。
3段築成の墳丘には葺石が確認され、後円部には竪穴式石室があります。文化庁は「発掘調査によって、多様な副葬品が発見されている」としています。
同じ桜井市には、箸墓古墳(280メートル)とメスリ山古墳(250メートル)があります。三つとも200メートルを超え、しかも葬られた人物の名がわかっていません。
桜井茶臼山古墳の読み方と別名
読みは「さくらいちゃうすやまこふん」です。文化庁のデータベースにも、ふりがなが同じ形で載っています。
茶臼山という名は、抹茶をひく茶臼を伏せたような形に見えることからきた呼び名で、全国のあちこちの古墳に付いています。そのため、どこの茶臼山かを頭に付けて区別します。
公式の史跡名称は、桜井茶臼山古墳のほうです。外山は「とび」と読みます。初めての人はまず読めない地名で、地元では両方の呼び方が使われてきました。
桜井茶臼山古墳(さくらいちゃうすやまこふん)
文化庁のデータベースが用いる名。国の史跡の指定名称もこの形です。
外山茶臼山古墳(とびちゃうすやまこふん)
所在地の外山という地名を冠した呼び方。同じ古墳を指します。
桜井茶臼山古墳は誰の墓か
桜井茶臼山古墳の被葬者はわかっていません。宮内庁の陵墓にも陵墓参考地にも定められていません。
文化庁は、この古墳を「古墳時代前期の前方後円墳のもっとも典型的なものの一つといえるもので、その立地をあわせて、日本古代史を考えるうえで逸することのできないもの」と評価していますが、葬られた人物には一切触れていません。
200メートルを超える墓を築ける立場にいた人物でありながら、名が伝わっていないのです。
初期のヤマト王権の大王の墓ではないかとする説、大王に匹敵する力を持った豪族の墓とする説など、研究者の見方はいくつも出されています。ただし、いずれも公式の説明として示されているものではありません。
近年の調査で大量の銅鏡が副葬されていたことが知られていますが、その面数は公式のページで確かめられませんでした。ここでは数を書きません。
公式の説明:わかっていない
史跡の解説は立地と規模、副葬品の存在に触れるのみで、被葬者を比定する記載はない。
桜井茶臼山古墳の大きさと形
文化庁は、墳丘を「全長約207メートル、後円部径約110メートル、同高さ約19メートル、前方部幅約61メートル、同高さ14メートル」としています。堺市の一覧も207メートルで、二つの値は一致しています。
数字を並べると、後円部が大きく、前方部が細長い古墳だとわかります。後円部の径110メートルに対して前方部の幅は61メートル。高さも、後円部19メートルに対して前方部14メートルです。
前方部が小さく低いのは、古い時期の前方後円墳に共通する特徴です。
3段築成の墳丘には葺石が確認されています。史跡の面積は18598.92平方メートルです。
墳丘の長さ:約207メートル
後円部の径:約110メートル
後円部の高さ:約19メートル
前方部の幅:約61メートル
前方部の高さ:14メートル
史跡の面積:18598.92平方メートル
古墳大きさランキング(日本全国版)の順位:全国32位
桜井茶臼山古墳はいつ作られたか
文化庁は、この古墳を「古墳時代前期の前方後円墳のもっとも典型的なものの一つ」としています。ただし、世紀を明記した公式の記載は確かめられませんでした。
手がかりは、まわりの古墳との関係です。同じ桜井市の箸墓古墳は3世紀中頃から後半、ホケノ山古墳は3世紀中頃とされます。桜井茶臼山古墳は、前方部が細長く低いという古い特徴を残しながら、規模では箸墓に次ぐ大きさを持ちます。つまり、箸墓が築かれたあと、それほど間を置かずに造られた古墳ということになります。
古墳時代前期は、おおむね3世紀後半から4世紀にあたるとされます。この図鑑では、その幅をとって年代の欄を作っています。
桜井茶臼山古墳の場所と行き方(観光情報)
桜井市には、この図鑑がすでに収める箸墓古墳と、同じ組で収めるメスリ山古墳、ホケノ山古墳、纒向石塚古墳があります。いずれも初瀬川と巻向川が流れる、盆地の東の縁に並びます。
大きさの順に並べると、箸墓280メートル、メスリ山250メートル、桜井茶臼山207メートルです。市の東側だけで200メートル超が三つ。ほかの市町村ではまず見られない密度です。
桜井茶臼山古墳
住所は、堺市の古墳大きさランキング(日本全国版)に「奈良県桜井市外山」と載っています。文化庁のデータベースでも、所在地は桜井市外山とされています。
最寄り駅からの道のり、駐車場、料金、墳丘に入れるかどうかについては、公式のページで確かめられませんでした。推測で埋めることはしません。
初瀬川の左岸、鳥見山の北のふもとにあたる場所です。訪ねる前に、桜井市の案内をご確認ください。
桜井茶臼山古墳の発見と調査の歩み
桜井市には、200メートル超が三つ並ぶ
堺市の古墳大きさランキング(日本全国版)から、奈良県桜井市の古墳だけを抜き出してみます。
箸墓古墳が280メートル。メスリ山古墳が250メートル。桜井茶臼山古墳が207メートル。同じ市のなかに、200メートルを超える前方後円墳が三つ並びます。
奈良盆地の東の縁、三輪山のふもとから鳥見山にかけての細長い一帯です。歩いて回れる範囲に、これだけの規模の古墳が集まっている場所はほかにありません。
しかも三つとも、葬られた人物の名がわかっていません。箸墓古墳には宮内庁の治定がありますが、それは確かめられた事実ではありません。大きさと、わからなさが同居しています。
「もっとも典型的なもの」と書かれた古墳
文化庁の史跡解説は、この古墳を短く、しかし強く評価しています。
この桜井茶臼古墳は、古墳時代前期の前方後円墳のもっとも典型的なものの一つといえるもので、その立地をあわせて、日本古代史を考えるうえで逸することのできないものである
典型的という言葉は、地味に見えて重い言葉です。前期の前方後円墳がどういうものかを説明するとき、この古墳を出せば足りる、という意味だからです。
後円部が大きく、前方部が細長くて低い。3段に築かれ、斜面に葺石を敷く。後円部の中央に竪穴式石室を置く。前期の前方後円墳の条件が、そのまま形になっています。なお、上の解説文の名称は、文化庁のデータベースの表記のまま引きました。
記録に名を残さない、207メートル
この古墳のいちばん不思議なところは、これほどの規模を持ちながら、古い書物にほとんど出てこないことです。
宮内庁の陵墓にも陵墓参考地にも定められていません。天皇や皇族の墓として伝えられてこなかった、ということです。同じ桜井市の箸墓古墳が倭迹迹日百襲姫命の墓として管理されているのとは対照的です。
どの説をとっても、207メートルの墓を築ける立場にいた人物であることは変わりません。
伝承が残らなかった理由も、わかっていません。伝える人がいなくなったのか、伝えないことにされたのか。墓は残り、名は消えたという事実だけが手元にあります。
桜井茶臼山古墳から出土したもの
文化庁は、この古墳について「後円部には、竪穴式石室があり、発掘調査によって、多様な副葬品が発見されている」とだけ記しています。何がいくつ出たのかは、公式のページで確かめられませんでした。
近年の研究で大量の銅鏡が副葬されていたことが知られ、その面数は国内最多と伝えられています。ただし、その数を公式の記載で確かめられなかったため、ここには書きません。確かめられない数字を並べるより、書かないほうが役に立ちます。
多様な副葬品
文化庁は竪穴式石室から多様な副葬品が見つかったとするが、品目や数は公式のページで確かめられなかった。
桜井茶臼山古墳と関連する古墳
桜井茶臼山古墳についてよくある質問
桜井茶臼山古墳は誰の墓ですか。
わかっていません。宮内庁の陵墓にも定められておらず、文化庁の解説にも被葬者を比定する記載はありません。初期ヤマト王権の大王とする説などが出されていますが、確かめられてはいません。
桜井茶臼山古墳はどこにありますか。
奈良県桜井市外山です。外山は「とび」と読みます。鳥見山の北のふもと、初瀬川の左岸にあります。最寄り駅からの行き方は公式のページで確かめられませんでした。
桜井茶臼山古墳の大きさはどれくらいですか。
文化庁は全長約207メートル、後円部径約110メートル、後円部の高さ約19メートル、前方部幅約61メートル、前方部の高さ14メートルとしています。堺市の一覧では全国32位です。
桜井茶臼山古墳はいつ作られたのですか。
文化庁は古墳時代前期としていますが、世紀を明記した公式の記載は確かめられませんでした。前期はおおむね3世紀後半から4世紀にあたるとされます。
桜井茶臼山古墳の読み方は何ですか。
さくらいちゃうすやまこふんです。外山茶臼山古墳(とびちゃうすやまこふん)とも呼ばれます。文化庁の史跡指定名称は桜井茶臼山古墳のほうです。
桜井茶臼山古墳と併せて覚えたい言葉・用語
前方後円墳(ぜんぽうこうえんふん)
円形の後円部と台形の前方部をつないだ形の古墳。上から見ると鍵穴の形になる。
竪穴式石室(たてあなしきせきしつ)
上から掘った穴に石で壁を築き、棺を納めて天井石でふさぐ埋葬施設。あとから開けられない。
葺石(ふきいし)
墳丘の斜面に敷きつめた石。土が流れるのを防ぐとともに、墳丘を際立たせる。
段築成(だんちくせい)
墳丘を階段状に何段かに分けて築くこと。3段築成なら三段に築かれている。
桜井茶臼山古墳の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。