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奈良県

メスリ山古墳とはどんな古墳か|誰の墓か・場所

メスリ山古墳  / メスリヤマコフン

前方後円墳 3世紀4世紀

盗掘を免れた副室から、鉄の弓と鉄の矢がそのまま出た古墳。

メスリ山古墳とはどんな古墳か

メスリ山古墳は、奈良県桜井市高田にある前方後円墳です。阿部山の丘陵の縁に築かれ、前方部を西に向けています。

大きさには二つの値があります。文化庁の史跡解説は「全長224メートル、後円部径128メートル、前方部幅80メートル」などとし、同じ文化庁の重要文化財解説は「全長約二五〇メートルの大型前方後円墳」としています。堺市の一覧も250メートルです。

この古墳が知られているのは、埋葬施設のためです。後円部の中央に竪穴式石室が二つあり、棺を納めた主室は盗掘されていましたが、副葬品だけを納めた副室は無傷で残りました。

天井近くまで積み上げられた品が、置かれたときのまま出てきたのです。

メスリ山古墳の読み方と別名

読みは「めすりやまこふん」です。文化庁のデータベースにも、ふりがなが同じ形で載っています。

「メスリ」は、この古墳が立つ場所の小字の名です。文化庁の重要文化財解説には「奈良県桜井市大字高田字メスリに所在する」と、はっきり書かれています。古墳の名が、そのまま土地の名からきている例です。

片仮名で書くのは、由来のたどれない地名にしばしば見られます。同じ組のホケノ山古墳も事情は同じです。

メスリ山古墳(めすりやまこふん)

文化庁のデータベースが用いる表記。国の史跡の指定名称もこの形です。

鉢巻山古墳(はちまきやまこふん)

伝わる別名のひとつ。墳頂を埴輪の列がめぐる姿からの呼び方とされます。

メスリ山古墳は誰の墓か

メスリ山古墳の被葬者はわかっていません。宮内庁の陵墓にも陵墓参考地にも定められていません。

文化庁は、重要文化財の解説のなかで次のように書いています。

メスリ山古墳は大王あるいは有力首長の墓と考えられ、主室は盗掘されていたが、副室の副葬品が原位置のまま完全に遺存していたことから、資料的価値はきわめて高い

大王あるいは有力首長という書き方が、公式に踏み込める限界を示しています。個人の名は挙がっていません。ほかに例のない鉄の弓と鉄の矢を持つ人物でありながら、その名は伝わっていないのです。

同じ桜井市の桜井茶臼山古墳も同じ立場にあります。二つは規模も時期も近く、記録に名を残さない大型古墳が並んでいることになります。

学術的な見方のひとつ:大王あるいは有力首長

重要文化財の解説で大王あるいは有力首長の墓と考えられるとするが、個人を比定した記載はない。

公式の説明:わかっていない

史跡の解説は墳丘と石室の構造を述べるのみで、被葬者に触れていない。

メスリ山古墳の大きさと形

文化庁の史跡解説は「全長224メートル、後円部径128メートル、前方部幅80メートル、後円部の高さ19メートル、前方部の高さ8メートルという雄大な規模」とし、重要文化財の解説では「全長約二五〇メートルの大型前方後円墳」としています。

同じ役所の二つのページで、全長が224メートルと約250メートルに分かれています。削られた部分を復元して数えるかどうかで、差が出るとみられます。

墳丘は3段築成で、各段に円筒埴輪の列がめぐり、斜面には葺石があります。前方部は西を向いています。後円部の中央には、墳丘の主軸と直交する形で竪穴式石室が二つあります。

墳丘の長さ:224メートル

墳丘の長さ(別の値):250メートル

後円部の径:128メートル

後円部の高さ:19メートル

前方部の幅:80メートル

主室(竪穴式石室)の大きさ:全長8メートル・幅1.35メートル・高さ1.76メートル

副室(竪穴式石室)の大きさ:全長6メートル・幅0.7メートル

メスリ山古墳はいつ作られたか

文化庁は、副葬品の構成について「多数の鉄製武器、農工具を副葬し、銅鏃、玉杖などを伴うという副葬品の構成は、古墳時代前期の特徴をよく示している」としています。ただし、世紀を明記した公式の記載は確かめられませんでした。

発掘調査は昭和34年から38年にかけて三次にわたって行われ、報告書は昭和52年に刊行されています。史跡の指定は1980年3月14日、出土品の重要文化財指定は2005年6月9日です。同じ桜井市の箸墓古墳が3世紀中頃から後半とされることを考えると、それより後に置かれることになります。

古墳時代前期は、おおむね3世紀後半から4世紀にあたるとされます。

メスリ山古墳の場所と行き方(観光情報)

同じ桜井市には、箸墓古墳桜井茶臼山古墳ホケノ山古墳纒向石塚古墳があります。メスリ山古墳と桜井茶臼山古墳は、どちらも鳥見山の周辺に築かれています。

出土品の保管先である橿原考古学研究所附属博物館は、橿原市畝傍町にあります。鉄の弓と鉄の矢は、そこで守られています。

メスリ山古墳

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メスリ山古墳の住所:奈良県桜井市高田

交通:公式に確認できませんでした

駐車場:公式に確認できませんでした

料金:公式に確認できませんでした

内部見学:公式に確認できませんでした

住所は、堺市の古墳大きさランキング(日本全国版)に「奈良県桜井市高田」と載っています。文化庁のデータベースは、史跡の所在地を桜井市高田・上之宮としています。

最寄り駅からの道のり、駐車場、料金、墳丘に入れるかどうかについては、公式のページで確かめられませんでした出土品は、奈良県立橿原考古学研究所附属博物館が保管しています。

メスリ山古墳の発見と調査の歩み

  1. 盗まれた主室と、残った副室
  2. 鉄の弓と、鉄の矢
  3. 日本最大とされる埴輪

盗まれた主室と、残った副室

後円部の中央には、竪穴式石室が二つあります。棺を納めた主室と、副葬品だけを納めた副室です。

主室は全長8メートル、幅1.35メートル、高さ1.76メートルの長大な石室で、扁平な割石を小口積みにしています。中には割竹形木棺が置かれていましたが、ここは盗掘されていました。

副室は主室の東側にあり、全長6メートル、幅0.7メートル。自然の塊石と割石で築き、天井を合掌形に組んでいます。

こちらは盗掘を免れました。文化庁は、副室での遺物の配置を復原すると天井近くまで積み上げられていたことになるとし、一般の副葬品とは異なる、遺品の格納を目的とした石室ではないかとしています。墓というより、蔵に近い作りです。

鉄の弓と、鉄の矢

副室から出た品のなかで、もっとも目を引くのが鉄でできた弓と矢です。

文化庁は「儀仗用の品とみられる全長一八二センチメートルの銅製ゆづか付鉄弓と全長八〇センチメートルの鉄矢は現在まで類例が知られていない」としています。

弓は鉄。矢も鉄。しかも弓の握りの部分には銅の飾りが付いています。実際に射るための道具ではなく、儀式のために作られた品だと考えられています。

ほかに、副室からは銅鏃二三六点、石製品五八点、鉄製品三七二点が出ています。類例が知られていないという文化庁の書き方は、全国のどの古墳からも同じものは出ていないという意味です。

日本最大とされる埴輪

墳丘の上にも、この古墳らしさが残っていました。

石室の真上にあたる部分には、二重の方形に円筒埴輪の列が配されていました。このうち大型有段口縁円筒埴輪は、高さ二メートルを超えるものを含んでおり、文化庁はこれを日本最大の埴輪とされるとしています。

人の背丈より高い埴輪が、石室の上をぐるりと囲んでいたことになります。土でできた柵が、二重に墓を守っていた姿を想像してみてください。

史跡の解説では、二列の埴輪の間にも千鳥状に埴輪を配するなど、特色ある配置を示しているとされています。

メスリ山古墳から出土したもの

出土品は2005年6月9日に国の重要文化財に指定されています。文化庁は、この一括を「古墳時代前期の葬送儀礼を考える上で貴重な一括資料である」としています。盗掘された主室からも、鏡の残欠や碧玉の管玉五五点、石製品三八点が出ています。盗まれてなお、これだけ残っていました。

銅製ゆづか付鉄弓

全長一八二センチメートル。儀仗用の品とみられ、文化庁は現在まで類例が知られていないとする。

鉄矢

全長八〇センチメートル。鉄弓と同じく、ほかに例のない品とされる。

銅鏃

副室から二三六点。矢の先につける青銅製の鏃が、まとまった数で納められていた。

三角縁神獣鏡・内行花文鏡

主室から三角縁神獣鏡一面と内行花文鏡二面の残欠が出土している。

大型有段口縁円筒埴輪

高さ二メートルを超えるものを含み、日本最大の埴輪とされる。石室の上を二重に囲んでいた。

メスリ山古墳と関連する古墳

メスリ山古墳についてよくある質問

メスリ山古墳は誰の墓ですか。

わかっていません。文化庁は大王あるいは有力首長の墓と考えられるとしていますが、個人を比定した記載はありません。宮内庁の陵墓にも定められていません。

メスリ山古墳はどこにありますか。

奈良県桜井市高田です。文化庁のデータベースでは、史跡の所在地は桜井市高田・上之宮とされています。最寄り駅からの行き方は公式のページで確かめられませんでした。

メスリ山古墳の大きさはどれくらいですか。

文化庁の史跡解説は全長224メートル、後円部径128メートル、前方部幅80メートルとしています。同じ文化庁の重要文化財解説と堺市の一覧では約250メートルとされており、値に幅があります。

メスリ山古墳はいつ作られたのですか。

文化庁は副葬品の構成が古墳時代前期の特徴をよく示すとしていますが、世紀を明記した公式の記載は確かめられませんでした。前期はおおむね3世紀後半から4世紀にあたるとされます。

メスリ山古墳から出た鉄の弓とは何ですか。

全長一八二センチメートルの銅製ゆづか付鉄弓です。全長八〇センチメートルの鉄矢とともに副室から出土しました。文化庁は、この二つに現在まで類例が知られていないとしています。

メスリ山古墳と併せて覚えたい言葉・用語

副室(ふくしつ)

棺を納めた主室とは別に、副葬品だけを納めるために造られた石室。メスリ山古墳の例が知られる。

銅鏃(どうぞく)

青銅で作った矢の先。実用というより、副葬のために作られたものが多い。

鍬形石(くわがたいし)

腕輪をかたどった碧玉製の品。車輪石・石釧とともに石製腕飾類と呼ばれる。

円筒埴輪(えんとうはにわ)

筒の形をした埴輪。墳丘の平坦面に列をなして立て並べられる。

メスリ山古墳の参考資料

この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。

  1. 文化庁
  2. 文化庁
  3. 堺市