三角縁神獣鏡が33面以上。黒塚古墳と並び称される最古級の前方後円墳。
椿井大塚山古墳とはどんな古墳か
椿井大塚山古墳は、京都府木津川市山城町にある前方後円墳です。木津川市は「古墳時代前期(三世紀後半)のなかでも最古に位置づけられる代表的な前方後円墳」と説明しています。
この古墳の名を全国に知らしめたのは、鏡でした。昭和28年、後円部を走る国鉄奈良線(現在のJR奈良線)の法面拡幅工事のときに、竪穴式石室が偶然に現れます。木津川市によれば、石室内からは三角縁神獣鏡三十数面を含む四十面近い銅鏡と、多くの副葬品が出土しました。
文化庁は、三角縁神獣鏡を33面以上と記しています。三角縁神獣鏡が1つの古墳からこれだけまとまって出た例は、奈良県の黒塚古墳と並んで突出しています。
2000年(平成12年)9月6日に国の史跡に指定されました。
椿井大塚山古墳の読み方と別名
読みは「つばいおおつかやまこふん」です。「椿井」は地名で、木津川市は所在地を「山城町椿井三階・大平」としています。
大塚山古墳という名は各地にあります。そのため「山城の大塚山」と呼び分けられてきました。
石室から出た品は、重要文化財「京都府椿井大塚山古墳出土品」として1992年(平成4年)6月22日に指定されています。
椿井大塚山古墳(つばいおおつかやまこふん)
木津川市が使う表記。所在地の椿井という地名を冠している。
京都府椿井大塚山古墳出土品(きょうとふつばいおおつかやまこふんしゅつどひん)
石室から出た品の重要文化財としての名称。1992年(平成4年)6月22日に指定された。
山城の大塚山古墳(やましろのおおつかやまこふん)
各地に大塚山古墳があるため、旧山城町の名を添えて呼ぶことがある。
椿井大塚山古墳は誰の墓か
椿井大塚山古墳の被葬者はわかっていません。宮内庁の陵墓としての治定もありません。
藤井寺市の解説は、この古墳を「木津川の流域を本拠地にした豪族のお墓とみられる大前方後円墳」としています。木津川市も、被葬者の人名には触れていません。
それでも、被葬者が特別な立場にいたことは出土品が語っています。文化庁は次のように書いています。
三二面分の三角縁神獣鏡は、本古墳を中心とした複数の同笵関係が確認され、邪馬台国の卑弥呼が魏より下賜された銅鏡百枚と関連して邪馬台国所在論争から初期ヤマト政権の性格付けにいたる前期古墳時代研究の骨格をなしてきた貴重な学術資料である。
同じ鋳型から作られた鏡が、各地の古墳に散らばっている。その中心にこの古墳がある。鏡を配る側にいた人物の墓だ、という見方が、ここから生まれました。
学術的な見方のひとつ:木津川の流域を本拠地にした豪族
「木津川の流域を本拠地にした豪族のお墓とみられる大前方後円墳」と記す。
断定できない:特定できていない
史跡の解説文に被葬者の人名はない。同笵鏡の中心にあることから初期ヤマト政権との関係が論じられる。
椿井大塚山古墳の大きさと形
墳丘の長さについては、公式の資料に2つの数字があります。
文化庁の史跡の解説は、後円部の径を約110メートル、高さを約20メートル、全長を約175メートルと推定しています。藤井寺市も「墳丘長175メートル」と書いています。一方、重要文化財の解説では「全長一六九メートル」です。どちらも文化庁の記録で、調査の時期によって推定が変わったものです。
後円部は4段築成です。藤井寺市によれば、最下段は花こう岩の岩盤を削り出して造られ、二段目から上を盛土で築き、表面に葺石をもちます。斜面地にあるため、後円部は正円ではありません。
前方部は大きく削られ、いまはその上に家屋が建っています。
墳丘の全長:約175メートル(重要文化財の解説では一六九メートル)
後円部の径:約110メートル
後円部の高さ:約20メートル
後円部の段数:4段築成
竪穴式石室:内法で長さ6.8メートル、幅1.1〜1.0メートル、天井石8枚
椿井大塚山古墳はいつ作られたか
木津川市は、この古墳を古墳時代前期(三世紀後半)のなかでも最古に位置づけられる代表的な前方後円墳としています。
年代の決め手は土器でした。藤井寺市によれば、前方部で土器がまとまって見つかり、これらは布留式と呼ばれるもので、この古墳の造られた年代が3世紀後半にあることも知ることができたとされます。
もうひとつの手がかりが形です。藤井寺市は、椿井大塚山古墳が墳丘長175メートルの大前方後円墳で、最古の前方後円墳と目される奈良県の箸墓古墳の3分の2の相似形であることも知られた、と記しています。
同じ設計図を縮めて造ったということです。前方後円墳という形が、どこかで決められて各地に配られていたことを示しています。
椿井大塚山古墳の場所と行き方(観光情報)
木津川市には、特別史跡の恭仁宮跡や高麗寺跡もあります。
線路をまたぐ古墳です。現地では、鉄道の敷地と史跡の境を確かめてから歩いてください。
椿井大塚山古墳
椿井大塚山古墳の住所:木津川市山城町椿井三階・大平
交通:公式に確認できませんでした
駐車場:公式に確認できませんでした
料金:公式に確認できませんでした
内部見学:後円部の中央をJR奈良線が通っており、線路より東側の後円部は本来の姿をよくとどめていると文化庁は記しています
木津川市は所在地を「木津川市山城町椿井三階・大平」と記しています。最寄り駅からの道順・駐車場・料金は、公式のページでは確かめられませんでした。
知っておきたいのは、古墳の真ん中を鉄道が通っていることです。文化庁によれば、現在のJR奈良線が明治27年に敷設された際に後円部が分断されました。線路の東側には本来の姿がよく残り、西側の前方部は大きく削られて家屋が建っています。
椿井大塚山古墳の発見と調査の歩み
黒塚古墳と並ぶ、鏡の古墳
藤井寺市の解説は、こんな書き出しで始まります。
最近の文化財関係のビッグニュースといえば、奈良県黒塚古墳の三角縁神獣鏡多量出土を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。
黒塚古墳から三角縁神獣鏡がまとまって出たとき、必ず引き合いに出されたのが椿井大塚山古墳でした。藤井寺市はその理由を、これまでの三角縁神獣鏡の多量出土古墳の代表的な存在だったからだと書いています。
2つの古墳は、三角縁神獣鏡という同じ物差しで並べて語られ続けています。
鏡は、壁に立てかけられていた
文化庁の解説には、鏡がどのように置かれていたかが書かれています。
三角縁神獣鏡は、鏡面を外にして石室の壁に沿って立て掛けられていた。
棺の中や枕もとではありません。石室の壁ぐるりに、鏡の面を外へ向けて立てかけてあったのです。
石室は、内法で長さ6.8メートル、幅1.1〜1.0メートル、高さは北壁部で約3メートル。花崗岩の角礫で壁を積み、天井石8枚を架けて粘土でおおっていました。その細長い空間の壁面が、鏡で囲まれていたことになります。葬られた人を、外に向けた鏡が取り囲んでいた。その意味は、いまも分かっていません。
工事のさなかに見つかった
この古墳の調査は、事故のようにして始まりました。
文化庁によれば、墳丘が露呈する法面の改良工事が昭和28年に行われた際に竪穴式石室が現れ、そこから多量の三角縁神獣鏡や鉄製武器類が取り出されて、一躍著名になります。
藤井寺市は、このときの調査を「工事中の発見ということもあって、応急処置的なものにならざるをえなかった」と記しています。
きちんとした発掘ではなかったのです。その後、平成7〜10年度に山城町教育委員会が範囲確認調査を実施し、ようやく古墳の概要が判明しました。
椿井大塚山古墳から出土したもの
文化庁は、この出土品を「典型的な前期古墳の様相を示すものとして学術的に極めて貴重」と評価しています。
目を引くのは漁具です。銛・ヤス・釣針。武器や鏡と一緒に、魚をとる道具が納められています。木津川のそばに築かれた古墳であることと、無関係ではないでしょう。
鏡の数だけが語られがちですが、出土品が武器・工具・農具・漁具までひととおりそろっているところに意味があります。
三角縁神獣鏡
33面以上。鏡面を外にして石室の壁に沿って立てかけられていた。すべて舶載鏡とされる。
内行花文鏡・方格規矩鏡・画文帯神獣鏡
それぞれ2面・1面・1面。三角縁神獣鏡以外の銅鏡。
鉄の武器
素環頭大刀1を含む鉄刀7点以上、鉄剣・鉄槍約10点、鉄鏃200点以上。
小札革綴冑
1点。鉄の小さな板を革でとじ合わせた冑。
工具と農具
斧10点、刀子17、釶7点以上、鑿16点、鉄鎌3点。
漁具
銛10点以上、ヤス3点、釣針1点。
椿井大塚山古墳と関連する古墳
椿井大塚山古墳についてよくある質問
椿井大塚山古墳は誰の墓ですか。
わかっていません。藤井寺市は「木津川の流域を本拠地にした豪族のお墓とみられる」と記しています。宮内庁の治定はなく、人名を示す公式の記録もありません。
椿井大塚山古墳はどこにありますか。
京都府木津川市山城町椿井三階・大平です。後円部の中央をJR奈良線が通っており、線路の東側に本来の姿がよく残っています。
椿井大塚山古墳の大きさはどれくらいですか。
文化庁は全長約175メートル、後円部の径約110メートル、高さ約20メートルとしています。重要文化財の解説では全長を一六九メートルとしており、資料によって数字に幅があります。
椿井大塚山古墳はいつ作られたのですか。
木津川市は古墳時代前期(三世紀後半)のなかでも最古に位置づけられるとしています。藤井寺市は、前方部から出た布留式の土器から3世紀後半と記しています。
三角縁神獣鏡は何面出たのですか。
文化庁は33面以上としています。木津川市は「三十数面を含む四十面近い銅鏡」、重要文化財の解説は「三二面分」と記しており、数え方によって数字が違います。
椿井大塚山古墳と併せて覚えたい言葉・用語
三角縁神獣鏡(さんかくぶちしんじゅうきょう)
縁の断面が三角形になった、神と獣の文様をもつ銅鏡。卑弥呼が魏から受けた鏡との関係が論じられてきた。
同笵鏡(どうはんきょう)
同じ鋳型から作られた鏡。各地の古墳に散らばっており、配られたと考えられている。
竪穴式石室(たてあなしきせきしつ)
上から棺を納めて天井石でふさぐ埋葬施設。前期の古墳に多い。
布留式(ふるしき)
古墳時代前期の土師器の型式。年代を決める物差しとして使われる。
葺石(ふきいし)
墳丘の斜面に敷きつめた石。
椿井大塚山古墳の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。