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奈良県

富雄丸山古墳とはどんな古墳か|誰の墓か・場所

富雄丸山古墳  / トミオマルヤマコフン

円墳 4世紀

直径109メートルの日本最大の円墳。国内最古最大の蛇行剣が出た。

富雄丸山古墳とはどんな古墳か

富雄丸山古墳はひとことで言えば日本最大の円墳です。奈良市は「北東部に『造出し』という四角い張り出しが取り付いた、直径109メートルの円墳です」としています。

円墳は前方後円墳より格が低いとされる形です。その円墳が109メートルもあること自体が異例ですが、この古墳が全国の話題になったのは造出しから出た二つの品によります。

ひとつは蛇行剣。うねうねと曲がった刃を持つ剣です。奈良市は、残存する有機質から推定される全長を267センチメートルとしています。それまでの蛇行剣の最大例は84.6センチメートル、鉄剣そのものの最大例でも115センチメートルでした。

もうひとつが鼉龍文盾形銅鏡。最大幅31センチメートル、重さ5.7キログラムの、盾の形をした銅鏡です。鏡が盾の形をしている例は、それまで知られていませんでした。

その後、木棺の内部からは重ねて置かれた中国鏡3面と竪櫛も確認されました。2025年の奈良市発表では、最古の鏡は製作から副葬まで最大約400年を経た可能性が示されています。棺の外と内で、年代も役割も違う鏡が選ばれていたことが新たな論点です。

富雄丸山古墳の読み方と別名

読みは「とみおまるやまこふん」です。奈良市西部を流れる富雄川の地名によります。

出土品の名も読みにくいものが並びます。蛇行剣(だこうけん)は刃が蛇のようにうねる剣、鼉龍文(だりゅうもん)は龍を図案化した文様のことです。

「鼉」は中国のワニを指す字で、日常ではまず使いません。報道でこの古墳が話題になったとき、名の読みが繰り返し説明されました。

富雄丸山古墳(とみおまるやまこふん)

奈良市が用いる正式な名。所在地の富雄川と丸山の地名による。

蛇行剣(だこうけん)

出土した剣の名。古墳の名ではないが、この古墳とともに検索されることが多い。

鼉龍文盾形銅鏡(だりゅうもんたてがたどうきょう)

出土した銅鏡の名。奈良市が文様を商標登録している。

富雄丸山古墳は誰の墓か

富雄丸山古墳の被葬者はわかっていません。宮内庁の治定も受けていません。

奈良市の発表文も、出土品を「富雄丸山古墳の位置付けやその被葬者像を考える上で、極めて重要な考古資料」と述べるにとどまり、人物名は一切示していません。

わかっているのは、次のことです。第一に、4世紀後葉という古墳時代前期後半に葬られた人物であること。第二に、円墳という格の形でありながら、直径109メートルという破格の規模を与えられていること。第三に、それまで例のない蛇行剣と盾形銅鏡を副葬されていること。

格の低い形に、破格の中身。この組み合わせをどう説明するかが、いま研究者の課題になっています。大王家に近い人物とする見方、大和の西を守った有力者とする見方などがありますが、決め手はありません。

奈良市の説明:特定されていない

出土品は「被葬者像を考える上で極めて重要な考古資料」とされるが、人物名は示されていない。

富雄丸山古墳の大きさと形

直径109メートル。円墳としては日本最大です。北東部に造出しという四角い張り出しが取り付いています。

注目された蛇行剣と銅鏡は、この造出しに設けられた粘土槨から出土しました。奈良市は粘土槨の大きさを「長さ約6.4メートル、幅約1.2メートル」としています。

古墳の本体ではなく、脇の張り出しからこれだけの品が出たことも異例でした。本体の埋葬施設には、さらに何かがある可能性が残ります。

墳丘の直径:109メートル(日本最大の円墳)

造出しの粘土槨:長さ約6.4メートル・幅約1.2メートル

蛇行剣の全長:推定267センチメートル(鉄剣そのものは237センチメートル)

鼉龍文盾形銅鏡:最大幅31センチメートル・厚さ最大0.5センチメートル・重さ5.7キログラム

富雄丸山古墳はいつ作られたか

奈良市は「古墳時代前期後半(4世紀後葉)に築造された」としています。

4世紀後葉は、奈良盆地の東南部から北部へ、大きな古墳の造られる場所が移っていく時期にあたります。富雄丸山古墳は盆地の西の縁にあり、そのどちらとも違う位置を占めています。

近くの2号墳・3号墳についても、奈良市の調査で新しいことがわかりました。両者のあいだに区画溝がなく、3号墳に埋葬施設が見つからないことから、「全長40メートル程度の1つの前方後円墳である可能性が高くなりました」としています。調査が進むたびに姿が変わっている古墳です。

富雄丸山古墳の場所と行き方(観光情報)

出土した鼉龍文盾形銅鏡の文様は、奈良市が商標として登録しています。使用には要綱にもとづく申請が必要です。

2026年時点でも木棺・蛇行剣・銅鏡の保存処理と共同研究が続いています。出土品が常設で現地に置かれているわけではありません。特別公開や展示は会場と期間が変わるため、奈良市の「富雄丸山古墳まとめ情報」で最新状況を確認します。

富雄丸山古墳

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富雄丸山古墳の住所:奈良県奈良市丸山一丁目

交通:近鉄富雄駅から奈良交通バス50系統「若草台」行き、または近鉄学園前駅から27系統「若草台」行きで「若草台中央」下車すぐ

駐車場:現地に駐車場なし。奈良市は公共交通機関の利用を案内

料金:丸山第1号緑地からの外観見学は無料。発掘現場の内部公開は奈良市が告知する公開時のみ

内部見学:墳丘は丸山第1号緑地内。発掘区・埋葬施設の内部へ常時入れるわけではない

富雄丸山古墳は、奈良市西部の丸山第1号緑地にあります。奈良市の文化財案内では、近鉄富雄駅から50系統、近鉄学園前駅から27系統の「若草台」行きに乗り、若草台中央で下車すぐです。

現地に駐車場はありません。発掘現場の一般公開は日程を限って実施され、公開時にも奈良市は公共交通機関・徒歩・自転車・バイクでの来場を案内しています。普段の緑地からの外観見学と、発掘区の内部公開を混同しないでください。

富雄丸山古墳の発見と調査の歩み

  1. 2メートルを超える剣が出た
  2. 盾の形をした鏡
  3. 100年前にも出土品があった
  4. 木棺の中に、時代の違う中国鏡が3面あった

2メートルを超える剣が出た

2023年に公表された蛇行剣は、それまでの常識をくつがえしました。

奈良市が示した数字はこうです。発掘された鉄剣の全長237センチメートル、柄と鞘まで含めた推定全長267センチメートル、茎は約21センチメートル、鞘の幅は約9センチメートル、刃部の幅は約6センチメートル。

比較の対象として奈良市が挙げているのは、それまでの蛇行剣の最大例である北原古墳(宇陀市)の84.6センチメートルと、鉄剣の最大例である中小田第2号墳(広島市)の115センチメートルです。

つまり長さで3倍、鉄剣としても2倍を超えます。実用の武器ではなく、儀式のための品と考えられています。

盾の形をした鏡

もうひとつの品が、鼉龍文盾形銅鏡です。

鏡は丸いものだ、というのがそれまでの前提でした。この鏡は盾の形をしています。最大幅31センチメートル、厚さは最大0.5センチメートル、重さ5.7キログラム。

奈良市は金属成分をエックス線分析し、青銅製と判断しています。ここでは速報資料の数値を転記せず、文化財の名称と実測寸法を採ります。

鏡と盾という別の道具が、ひとつの品に合わさっています。 ただし、実際に防具として使った盾ではなく、鏡面と鼉龍文をもつ祭祀的な副葬品です。

100年前にも出土品があった

富雄丸山古墳から品が出たのは、近年が初めてではありません。

大正から昭和のはじめにかけて出土した副葬品の一括が、「大和富雄丸山古墳出土品」として1957年(昭和32年)に重要文化財に指定されています。京都国立博物館が保管しています。

中身は、斧頭形石製品9箇、刀子形石製品6箇、鍬形石2箇、琴柱形石製品12箇、碧玉合子2合、碧玉管玉17箇、有鉤釧形銅製品1箇、銅板2枚など。石で道具の形を作った品が多いのが特徴です。

近年出た蛇行剣・盾形銅鏡とは別の、古い時期の出土品です。同じ古墳から、100年の間をおいて二度、注目される品が出たことになります。

木棺の中に、時代の違う中国鏡が3面あった

蛇行剣と盾形銅鏡は、木棺を包む粘土の中、つまり棺の外側に置かれていました。2024年の第7次調査で木棺の内部を調べると、鏡面を上にして重ねた銅鏡3面と竪櫛が確認されます。

2025年の奈良市発表では、3面は3世紀中ごろ、紀元前1世紀末から1世紀初頭、2世紀末から3世紀前半に製作された中国鏡と整理されました。古墳は4世紀後半の築造なので、最古の2号鏡は製作から副葬まで最大約400年を経た計算になります。

新しい倭製の盾形鏡は棺外、長く伝世した中国鏡は棺内という配置です。同じ「鏡」でも、作られた場所・年代・置かれた位置が違います。被葬者が倭王権から重視された有力者だった可能性を考える、現在進行形の資料です。

富雄丸山古墳から出土したもの

出土品は発見時期と出土位置を分けて見る必要があります。大正から昭和はじめに出て1957年に重要文化財となった一括、近年の調査で木棺外から出た蛇行剣・盾形銅鏡、木棺内から出た中国鏡3面と竪櫛があります。

同じ古墳の名で語られますが、出た時期だけでなく、棺の内外という配置も違います。

蛇行剣

推定全長267センチメートル。国内最古最大の蛇行剣とされる。造出しの粘土槨から出土。

鼉龍文盾形銅鏡

最大幅31センチメートル、重さ5.7キログラム。盾の形をした銅鏡で前例がない。

鍬形石・琴柱形石製品

大正から昭和はじめの出土品。1957年に重要文化財に指定され、京都国立博物館が保管する。

碧玉合子・碧玉管玉

同じく重要文化財「大和富雄丸山古墳出土品」に含まれる。

棺内鏡3面・竪櫛

木棺内部から出土。3面の中国鏡は製作年代が異なり、鏡面を上にして重ねて置かれていた。

富雄丸山古墳と関連する古墳

富雄丸山古墳についてよくある質問

富雄丸山古墳は誰の墓ですか。

わかっていません。宮内庁の治定もありません。奈良市の発表でも、出土品は被葬者像を考える上で重要な資料とされるにとどまり、人物名は示されていません。

富雄丸山古墳の大きさはどれくらいですか。

直径109メートルで、日本最大の円墳です。北東部に造出しという四角い張り出しが付いています。

蛇行剣とは何ですか。

刃がうねるように曲がった剣です。富雄丸山古墳から出たものは推定全長267センチメートルで、それまでの最大例の3倍を超えます。実用ではなく儀式のための品と考えられています。

富雄丸山古墳はどこにありますか。

奈良県奈良市丸山一丁目です。奈良盆地の西の縁にあたります。

富雄丸山古墳はいつ作られましたか。

奈良市は古墳時代前期後半、4世紀後葉としています。

富雄丸山古墳と併せて覚えたい言葉・用語

円墳(えんぷん)

丸い形の古墳。数の上ではもっとも多い。

造出(つくりだし)

墳丘に付いた平らな張り出し。まつりの場と考えられている。

粘土槨(ねんどかく)

棺を粘土で包んだ埋葬施設。石室を持たない古い形式。

蛇行剣(だこうけん)

刃がうねるように曲がった鉄剣。実用ではなく儀式の品とされる。

富雄丸山古墳の参考資料

この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。

  1. 奈良市「富雄丸山古墳まとめ情報」
  2. 奈良市「奈良市の古墳と埴輪窯/富雄丸山古墳」
  3. 奈良市「富雄丸山古墳発掘調査(第7次調査)」
  4. 奈良市「富雄丸山古墳造出し埋葬施設棺内鏡」
  5. 全国遺跡報告総覧「富雄丸山古墳の発掘調査」