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奈良県

ウワナベ古墳とはどんな古墳か|誰の墓か・場所

ウワナベ古墳  / ウワナベコフン

前方後円墳 5世紀

佐紀古墳群の255メートル。全国第13位の前方後円墳。

ウワナベ古墳とはどんな古墳か

ウワナベ古墳はひとことで言えば奈良盆地北部の巨大古墳です。奈良県奈良市法華寺町にあり、堺市が作った全国の大きさ順の表では、墳丘長255メートルで第13位にあたります。

所属するのは佐紀古墳群佐紀盾列古墳群)です。奈良県立橿原考古学研究所は、この古墳群を次のように位置づけています。

五社神(ごさし)古墳にはじまり、佐紀陵山古墳佐紀石塚山古墳市庭古墳ヒシアゲ古墳コナベ古墳、ウワナベ古墳と、前期から中期にかけて造営された全長200㍍以上の巨大前方後円墳

200メートルを超える古墳が7基も並ぶ古墳群です。橿原考古学研究所は、佐紀古墳群を大和古墳群古市古墳群百舌鳥古墳群と並ぶ大古墳群としています。

名は片仮名で書きます。すぐ西にコナベ古墳(204メートル)があり、二基は対のように並んでいます。

ウワナベ古墳の読み方と別名

読みは「うわなべこふん」です。片仮名で書くのが一般的です。

名の由来は、はっきりしていません。すぐ西にコナベ古墳(こなべこふん)があり、「ウワナベ」と「コナベ」で対になっています。

漢字をあてて「宇和奈辺古墳」「小奈辺古墳」と書く資料もあります。

所属する佐紀古墳群は「さきこふんぐん」と読み、「佐紀盾列古墳群(さきたたなみこふんぐん)」とも呼ばれます。

ウワナベ古墳(うわなべこふん)

片仮名で書くのが一般的。堺市の全国の大きさ順の表もこの表記。

宇和奈辺古墳(うわなべこふん)

漢字をあてた表記。資料によって見かける。

コナベ古墳(こなべこふん)

すぐ西に並ぶ別の古墳(204メートル)。ウワナベ古墳とは別のもの。

ウワナベ古墳は誰の墓か

ウワナベ古墳の被葬者はわかっていません

奈良県立橿原考古学研究所は、佐紀古墳群全体について「巨大古墳のすべてと一部の陪塚、大型前方後円墳が陵墓もしくは陵墓参考地として宮内庁の管理を受けている」と記しています。

ただし、ウワナベ古墳個別の管理区分については、公式の記載を確かめられませんでした。

佐紀古墳群には、宮内庁が治定した陵墓がいくつもあります。五社神古墳は神功皇后陵、佐紀石塚山古墳は成務天皇陵、市庭古墳は平城天皇陵、ヒシアゲ古墳は磐之媛陵とされます。堺市の全国の大きさ順の表にも、これらの治定名が併記されています。

これらの治定も、大仙陵古墳誉田御廟山古墳と同じく、発掘によって裏づけられたものではありません。

ウワナベ古墳の出土品についても、公式の記載を確かめられませんでした。

学術的な状況:わかっていない

佐紀古墳群の巨大古墳は陵墓もしくは陵墓参考地として宮内庁の管理を受けているとされるが、ウワナベ古墳個別の区分は確かめられなかった。

ウワナベ古墳の大きさと形

堺市が作った全国の大きさ順の表には、次のように記載されています。

13 ウワナベ古墳 255 奈良県奈良市法華寺町

墳丘長255メートルで第13位です。同じ表で、すぐ西に並ぶコナベ古墳は204メートルで第34位となっています。

佐紀古墳群のなかでは、五社神古墳275メートル(第12位)に次ぐ規模です。ほかに市庭古墳250メートル、ヒシアゲ古墳219メートル、佐紀石塚山古墳218メートル、陵山古墳207メートルが同じ表に載っています。

後円部の径・高さ・前方部の幅といった内訳については、公式の記載を確かめられませんでした。

墳丘長:255メートル(全国第13位)

コナベ古墳(西に並ぶ古墳):204メートル(全国第34位)

五社神古墳(佐紀古墳群最大):275メートル(全国第12位)

所在地:奈良県奈良市法華寺町

ウワナベ古墳はいつ作られたか

ウワナベ古墳そのものの築造年について、西暦を示した公式の記載は確かめられませんでした。

奈良県立橿原考古学研究所は、佐紀古墳群の巨大前方後円墳が「前期から中期にかけて造営された」とし、五社神古墳・佐紀陵山古墳・佐紀石塚山古墳・市庭古墳・ヒシアゲ古墳・コナベ古墳・ウワナベ古墳の順に挙げています。

この並びが築造の順序を表すのであれば、ウワナベ古墳は佐紀古墳群のなかでも新しいほうにあたることになります。

古墳時代前期から中期といえば、おおむね4世紀から5世紀です。同じころ、大阪では百舌鳥古墳群と古市古墳群が築かれ始めていました。

ウワナベ古墳の場所と行き方(観光情報)

佐紀古墳群の東寄りにあります。すぐ西にコナベ古墳(204メートル)が並びます。

平城宮跡の北側にあたる地域で、奈良時代の都と古墳時代の墓域が隣り合っています。市庭古墳は平城宮の造営によって墳丘の一部が削られました。

ウワナベ古墳

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ウワナベ古墳の住所:奈良県奈良市法華寺町

交通:公式に確認できませんでした

駐車場:公式に確認できませんでした

料金:外から見るのは無料

内部見学:宮内庁の管理区分について公式の記載を確かめられませんでした

所在地は堺市の全国の大きさ順の表に記された奈良市法華寺町です。

行き方・駐車場・立ち入りの可否については、公式の記載を確かめられませんでした。訪ねる前に奈良市または宮内庁へご確認ください。

この古墳については、ほかの29基に比べて公式の一次情報が少なく、確かめられた事実が限られています。

ウワナベ古墳の発見と調査の歩み

  1. 200メートル超が7基並ぶ古墳群
  2. 奈良の都に呑み込まれた
  3. 確かめられなかったことを書いておく

200メートル超が7基並ぶ古墳群

佐紀古墳群の特徴は、巨大古墳の密度です。

奈良県立橿原考古学研究所は次のように書いています。

五社神(ごさし)古墳にはじまり、佐紀陵山古墳、佐紀石塚山古墳、市庭古墳、ヒシアゲ古墳、コナベ古墳、ウワナベ古墳と、前期から中期にかけて造営された全長200㍍以上の巨大前方後円墳

200メートル以上が7基。堺市の全国の大きさ順の表でも、五社神古墳275メートル(12位)、ウワナベ古墳255メートル(13位)、市庭古墳250メートル(14位)、ヒシアゲ古墳219メートル(24位)、佐紀石塚山古墳218メートル(26位)、陵山古墳207メートル(32位)、コナベ古墳204メートル(34位)が並びます。

上位40位のうち7基が、この一つの古墳群に集まっています。

橿原考古学研究所は、佐紀古墳群を大和古墳群、古市古墳群、百舌鳥古墳群と並ぶ大古墳群としています。

奈良の都に呑み込まれた

佐紀古墳群は、後の時代に大きく手を加えられました。

平城京の造営です。710年に都が置かれると、この一帯は都の北の縁にあたることになりました。

堺市の全国の大きさ順の表には「市庭古墳(平城陵) 250 奈良県奈良市佐紀町」とあります。この市庭古墳は、平城宮の造営によって前方部が削られたことが知られています。

古墳時代の墓が、奈良時代の都に呑み込まれた。300年ほどのあいだに、その土地の使われ方が完全に変わりました。

ウワナベ古墳は平城宮跡の北東にあたり、大きく削られずに残った古墳のひとつです。

確かめられなかったことを書いておく

この記事を書くにあたり、ウワナベ古墳については確かめられなかったことが多く残りました。

確かめられたのは、墳丘長255メートル(全国第13位)、所在地が奈良市法華寺町であること、佐紀古墳群に属することです。いずれも堺市と奈良県立橿原考古学研究所の公表資料によります。

確かめられなかったのは、次のことです。後円部の径・高さ・前方部の幅といった内訳。築造年代の西暦。宮内庁の管理区分(陵墓か、陵墓参考地か、それ以外か)。出土品行き方・駐車場・立ち入りの可否

255メートルという、全国で13番目に大きい古墳について、公表されている情報がこれほど少ないという事実そのものが、この古墳の置かれた状況を表しています。

宮内庁が管理する古墳では、しばしばこうなります。

ウワナベ古墳から出土したもの

ウワナベ古墳の出土品について、公式の記載を確かめられませんでした。

佐紀古墳群の巨大古墳は陵墓もしくは陵墓参考地として宮内庁の管理を受けているとされ、発掘が行われていないためと考えられます。

確かめられませんでした

出土品について、公式の記載を確かめられませんでした。

ウワナベ古墳と関連する古墳

ウワナベ古墳についてよくある質問

ウワナベ古墳は誰の墓ですか。

わかっていません。佐紀古墳群の巨大古墳は陵墓もしくは陵墓参考地として宮内庁の管理を受けているとされますが、ウワナベ古墳個別の管理区分と被葬者については、公式の記載を確かめられませんでした。

ウワナベ古墳の大きさはどれくらいですか。

堺市の全国の大きさ順の表では墳丘長255メートルで、全国第13位です。後円部の径や高さといった内訳については、公式の記載を確かめられませんでした。

ウワナベ古墳はどこにありますか。

奈良県奈良市法華寺町です。平城宮跡の北東にあたります。

ウワナベ古墳とコナベ古墳の違いは何ですか。

別の古墳です。ウワナベ古墳は255メートル、コナベ古墳は204メートルで、すぐ西に並んでいます。

佐紀古墳群とは何ですか。

奈良市の北部にある古墳群で、佐紀盾列古墳群とも呼ばれます。200メートルを超える前方後円墳が7基も並び、大和古墳群、古市古墳群、百舌鳥古墳群と並ぶ大古墳群とされます。

ウワナベ古墳と併せて覚えたい言葉・用語

佐紀盾列古墳群(さきたたなみこふんぐん)

奈良市北部の古墳群。佐紀古墳群ともいう。200メートル超の前方後円墳が並ぶ。

平城宮跡(へいじょうきゅうせき)

奈良時代の都、平城京の中心にあった宮の跡。佐紀古墳群の南に接する。

陪塚(ばいちょう)

大きな古墳に従うように造られた小さな古墳。陪冢とも書く。

大和古墳群(おおやまとこふんぐん)

奈良盆地東南部の古墳群。箸墓古墳や黒塚古墳のある一帯。

ウワナベ古墳の参考資料

この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。

  1. 堺市