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奈良県

黒塚古墳とはどんな古墳か|誰の墓か・場所

黒塚古墳  / クロヅカコフン

前方後円墳 3世紀4世紀

三角縁神獣鏡33面が棺を囲んで並んでいた古墳。

黒塚古墳とはどんな古墳か

黒塚古墳はひとことで言えば鏡が33面出た古墳です。奈良県天理市柳本町にあり、柳本古墳群に属します。

文化庁は「黒塚古墳は前方部を西に向ける前方後円墳で、現状で全長132m、後円部径72m、前方部幅60mの規模を持つ」としています。天理市は全長を約130メートル、後円部の高さを約11メートルとしています。

この古墳が有名なのは、竪穴式石室が盗掘を免れていたためです。天理市は次のように書いています。

鏡は三角縁神獣鏡が合計33面あり、木棺を北半分コの字形に取り囲むように置かれています

33面は、一度に見つかった三角縁神獣鏡としては全国最多です。ほかに画文帯神獣鏡1面が棺の中にあり、鏡は合わせて34面になります。

文化庁は「30面以上の三角縁神獣鏡がまとまって出土したのは黒塚古墳以外には、京都府椿井大塚山古墳があるのみである」としています。

黒塚古墳の読み方と別名

読みは「くろづかこふん」です。

所在する天理市柳本町の一帯には、柳本古墳群が広がっています。行燈山古墳(崇神天皇陵に治定、242メートル)、渋谷向山古墳(景行天皇陵に治定、300メートル)など、大型の前方後円墳が並ぶ地域です。

その中で、黒塚古墳は132メートルと中型に属します。にもかかわらず全国の注目を集めたのは、中身が残っていたからです。

中世にはこの古墳が山城として使われ、近世には柳本藩邸の庭園の一部になりました。そのため墳丘は改変を受けています。

黒塚古墳(くろづかこふん)

文化庁・天理市が用いる名。

柳本古墳群(やなぎもとこふんぐん)

この古墳が属する古墳群の名。大和古墳群の一部。

黒塚古墳は誰の墓か

黒塚古墳の被葬者はわかっていません。宮内庁の治定もありません(陵墓ではないためです)。

33面の三角縁神獣鏡が出たことで邪馬台国の研究上たいへん重要な古墳とされていますが、公式のページに被葬者個人を比定する記載はありません。

三角縁神獣鏡は、魏の皇帝が卑弥呼に与えた「銅鏡百枚」にあたるとする説があり、その説をとれば、これだけの鏡を持つ人物は王権の中枢に近かったことになります。ただし三角縁神獣鏡が中国製か日本製かという論争そのものが決着していません。

わかっているのは、鏡の置かれ方です。天理市によれば、33面は木棺を北半分コの字形に取り囲むように置かれていました。文化庁はさらに詳しく、東側の壁に17面、西側に15面が立てかけられ、棺の北端に接して1面が置かれていたと記します。

鏡を立てて棺を囲む。そういう葬り方をされた人物です。

公式の説明:わかっていない

被葬者個人を比定する記載はない。宮内庁の治定もない。

黒塚古墳の大きさと形

文化庁は「現状で全長132m、後円部径72m、前方部幅60mの規模を持つ」としています。天理市は全長を約130メートル、後円部の高さを約11メートルとしており、わずかに差があります。

前方部は西を向いています。

竪穴式石室は内法で長さ約8.20メートル、幅約0.89から1.22メートル、高さ約1.58メートル。細長い石室です。床面には粘土棺床が設けられ、その断面がU字形になっていることから、割竹形木棺が据えられていたと考えられています。

全長:132メートル(天理市は約130メートルとする)

後円部の径:72メートル

後円部の高さ:約11メートル

前方部の幅:60メートル

竪穴式石室の内法:長さ約8.20メートル・幅約0.89から1.22メートル・高さ約1.58メートル

三角縁神獣鏡の数:33面(画文帯神獣鏡1面を含めて計34面)

黒塚古墳はいつ作られたか

天理市は「黒塚古墳の築造された時期は3世紀後半頃と推定されます」としています。文化庁は、大和古墳群のなかの柳本古墳群に属する前期古墳と位置づけています。

3世紀後半は、箸墓古墳(3世紀中頃から後半)とほぼ同じころです。日本列島で最初の巨大前方後円墳が築かれた直後にあたります。少しあとの4世紀後葉には、盆地の西の縁に富雄丸山古墳(直径109メートルの円墳)が築かれ、盆地の北にはウワナベ古墳をはじめとする佐紀古墳群が造られていきます。

この時期は、邪馬台国と卑弥呼の時代とも重なります。三角縁神獣鏡33面が出たこの古墳が、邪馬台国の研究で必ず取り上げられる理由がここにあります。

奈良県は、この古墳を「古墳時代前期前半の前方後円墳」としています。

黒塚古墳の場所と行き方(観光情報)

JR桜井線の柳本駅から歩ける距離にあります。

周辺は柳本古墳群で、行燈山古墳(崇神天皇陵に治定)が近くにあります。山の辺の道の沿線にあたり、大型古墳を歩いてつなげられる地域です。

黒塚古墳(黒塚古墳展示館)

地図で開く

黒塚古墳(黒塚古墳展示館)の住所:奈良県天理市柳本町

交通:JR桜井線 柳本駅下車

駐車場:公式に確認できませんでした

料金:公式に確認できませんでした

内部見学:黒塚古墳展示館で、竪穴式石室が実物大で再現されている

黒塚古墳展示館があり、竪穴式石室が実物大で再現されています。三角縁神獣鏡33面・画文帯神獣鏡1面・鉄製の刀剣類の複製が展示されています。

問い合わせ先は天理市の文化財課(奈良県天理市田部町441番地2、電話 0743-65-5720)です。

開館時間・休館日・入館料については、公式の記載を確かめられませんでした。

黒塚古墳の発見と調査の歩み

  1. 33面が棺を囲んで立てられていた
  2. 30面以上の例は全国に二つだけ
  3. 山城になり、庭になった

33面が棺を囲んで立てられていた

黒塚古墳の竪穴式石室が開けられたとき、鏡は棺を囲むように立てかけられていました

文化庁の記述はこうです。

棺内には画文帯神獣鏡1面…33面の三角縁神獣鏡は棺の北半を囲むように配置され、東西両側壁には…東側に17面、西側に15面が立てかけられ、棺北端に接して1面が置かれていた

東に17面、西に15面、北端に1面。合わせて33面です。それに加えて、棺の中に画文帯神獣鏡が1面ありました。

天理市は「木棺を北半分コの字形に取り囲むように置かれています」としています。

鏡を副葬品として納めるのではなく、棺を囲む結界のように立てる。どういう考えでこうしたのかは、わかっていません。しかし、置かれ方がそのまま残っていたのは、盗掘を免れたおかげです。

30面以上の例は全国に二つだけ

文化庁は、この古墳の価値を次のように述べています。

30面以上の三角縁神獣鏡がまとまって出土したのは黒塚古墳以外には、京都府椿井大塚山古墳があるのみである

全国で二例だけです。もう一方の椿井大塚山古墳(京都府木津川市)は、1953年に国鉄の工事中に石室が現れて発見されました。

三角縁神獣鏡は、縁の断面が三角形になった鏡で、日本各地の古墳から500面以上が出土しています。魏の皇帝が卑弥呼に与えた「銅鏡百枚」にあたるとする説がある一方、中国では一枚も出ていないことから日本製とする説もあります。

どちらが正しいかは決着していません。しかし、33面をまとめて持つ人物がいたという事実は動きません。

橿原考古学研究所は、この古墳の出土品として銅鏡34面のほか、刀剣類27口以上、鉄鏃170本以上、甲冑、農工具類、漆塗り製品、土器類などを挙げています。

山城になり、庭になった

黒塚古墳は、古墳としてだけ扱われてきたわけではありません。

奈良県は「中世には山城として利用され墳丘が改変を受けており、近世になると柳本藩邸の庭園の一部となっていました」としています。

中世には城として。近世には大名屋敷の庭として。1600年のあいだに、この土の山は三度、別の使われ方をしています。

同じことは各地で起きました。今城塚古墳(大阪府高槻市)は戦国時代の城砦、丸墓山古墳(埼玉県行田市)は石田三成の陣、津堂城山古墳(大阪府藤井寺市)も城として使われました。

改変を受けながら残ったという点が重要です。削られたからこそ、更地にされずに済んだ古墳もあります。

黒塚古墳から出土したもの

竪穴式石室が盗掘を免れていたため、副葬品が置かれた位置まで残りました。

同じ規模の古墳の多くは開けられており、これだけの情報が残る例はまれです。複製は黒塚古墳展示館で見られます。

三角縁神獣鏡

33面。一度に見つかった数としては全国最多。棺を囲むように立てかけられていた。

画文帯神獣鏡

1面。棺の中に納められていた。三角縁神獣鏡と合わせて34面になる。

刀剣類

27口以上が出土している。

鉄鏃

170本以上が出土している。

甲冑・農工具類

副葬品として納められていた。

漆塗り製品・土器類

同じく出土品に含まれる。

黒塚古墳と関連する古墳

黒塚古墳についてよくある質問

黒塚古墳は誰の墓ですか。

わかっていません。宮内庁の治定もありません。33面の三角縁神獣鏡を持つ人物として王権の中枢に近かったと考えられますが、公式に人物を比定した記載はありません。

黒塚古墳から鏡は何面出ましたか。

三角縁神獣鏡が33面、画文帯神獣鏡が1面で、合わせて34面です。三角縁神獣鏡33面は、一度に見つかった数としては全国最多です。

黒塚古墳の大きさはどれくらいですか。

文化庁は全長132メートル、後円部径72メートル、前方部幅60メートルとしています。天理市は全長を約130メートル、後円部の高さを約11メートルとしています。

黒塚古墳はどこにありますか。

奈良県天理市柳本町です。JR桜井線の柳本駅から歩ける距離にあります。

黒塚古墳の鏡は見られますか。

黒塚古墳展示館で、竪穴式石室の実物大の再現とともに、三角縁神獣鏡33面・画文帯神獣鏡1面・鉄製の刀剣類の複製が展示されています。

黒塚古墳と併せて覚えたい言葉・用語

三角縁神獣鏡(さんかくぶちしんじゅうきょう)

縁の断面が三角形の鏡。神と獣の文様を持つ。中国製か日本製かで論争がある。

画文帯神獣鏡(がもんたいしんじゅうきょう)

文様の帯をめぐらせた神獣鏡。三角縁神獣鏡とは別の系統。

粘土棺床(ねんどかんしょう)

棺を据えるために石室の床に粘土で作った台。

柳本古墳群(やなぎもとこふんぐん)

奈良県天理市にある古墳群。大和古墳群の一部で、大型の前方後円墳が並ぶ。

黒塚古墳の参考資料

この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。

  1. 文化庁
  2. 天理市
  3. 奈良県
  4. 天理市