魏の年号「青龍三年」を刻んだ鏡が出た、高槻の小さな長方形墳。
安満宮山古墳とはどんな古墳か
大阪府高槻市にある古墳です。文化庁は、出土品を重要文化財に指定した際の解説文で、この古墳を大阪府高槻市安満御所ノ町に所在すると記しています。墳形は長方形で、東西18メートル、南北21メートルと推定される小さな墓です。
知られているのは、大きさではなく出たものによってです。文化庁は、棺の中に銅鏡、大刀等の鉄製品、二連以上に綴られていたガラス小玉が副葬されており、初期古墳の様相をよく伝えているとしています。
銅鏡5面のうち1面には、中国の魏の年号にあたる「青龍三年」の銘があります。青龍三年は西暦235年にあたります。この鏡が出たことから、築造は3世紀後半とされます。
出土品は国が所有し、高槻市立今城塚古代歴史館に保管されています。
安満宮山古墳の読み方と別名
読みは「あまみややまこふん」です。文化庁が出土品の指定名称に付けたふりがな「おおさかふあまみややまこふんしゅつどひん」から、この読みが確かめられます。
安満は、高槻市に残る古い地名です。文化庁は所在地を安満御所ノ町と記しています。古墳のある一帯は現在、青龍三年の丘という名で復元整備され、一般に公開されているとされます。
青龍三年は、中国の魏の年号です。ここから出た鏡の一面に、その銘があったことにちなむ呼び名です。古墳の名ではなく、出土品の銘が場所の名になった珍しい例といえます。
安満宮山古墳(あまみややまこふん)
文化庁のふりがなは「おおさかふあまみややまこふんしゅつどひん」で、読みが確かめられる。
青龍三年の丘(せいりゅうさんねんのおか)
一帯が復元整備されたときに付けられた呼び名。出土した鏡の銘にちなむ。
大阪府安満宮山古墳出土品(おおさかふあまみややまこふんしゅつどひん)
出土品の、国の重要文化財としての指定名称。所有者は国(文化庁)。
安満宮山古墳は誰の墓か
この古墳に葬られた人が誰かは、わかっていません。宮内庁の陵墓ではなく、また史跡の指定も受けていません。
それでもこの古墳が注目されるのは、出た鏡のためです。銅鏡5面のうち1面には魏の年号「青龍三年」の銘があり、三角縁神獣鏡も含まれます。これらの銅鏡を、卑弥呼が魏から贈られたという「銅鏡百枚」の一部とする説もあります。
ただし、これはあくまで説の一つです。この古墳の被葬者を卑弥呼と結びつける話ではなく、鏡がどこから来たかという問いにかかわる話です。
文化庁の解説文が述べているのは、棺内に銅鏡、大刀等の鉄製品、二連以上に綴られていたガラス小玉が副葬されており、初期古墳の様相をよく伝えている、というところまでです。誰が葬られたのかについて、公式の記述はありません。
断定できない:わかっていない
解説文は副葬品の内容を記すのみで、葬られた人にはふれていない。
安満宮山古墳の大きさと形
安満宮山古墳の墳丘の規模を記した公式のページを、確かめられませんでした。文化庁のデータベースは出土品についてのもので、墳丘の数字は載っていません。
下調べによれば、墳形は長方形で、規模は東西18メートル、南北21メートルと推定されるとされます。この古墳が長方形墳と呼ばれるのは、方墳のように正方形ではなく、縦横の長さが違うためです。
埋葬施設は、コウヤマキという木で作った割竹形木棺を直接埋めたものとされます。石室も石棺もありません。大きさで人を驚かせる古墳ではありません。それでも重要文化財に指定されたのは、棺の中に納められていたものによってです。
所在地:大阪府高槻市安満御所ノ町
出土品の時代:古墳
出土品の保管施設:高槻市立今城塚古代歴史館
出土品の所有者:国(文化庁)
墳丘の規模:公式には確認できませんでした
安満宮山古墳はいつ作られたか
文化庁は出土品の時代を「古墳」とするにとどめ、何世紀という書き方はしていません。
下調べによれば、青龍三年の紀年鏡が発見されたことにより、3世紀後半の築造とされます。青龍三年は西暦235年にあたり、鏡が作られた年がわかるということです。
ただし、鏡が作られた年と古墳が造られた年は同じではありません。鏡は伝わり、譲られ、何十年もあとに墓に納められることがあります。紀年鏡が示すのは「これより前にはならない」という下限です。それでも、年代のわからない古墳が多いなかで、この一枚の鏡は珍しく確かな足場になっています。
同じ高槻市には、6世紀前半の今城塚古墳があります。この古墳はそれより250年ほど古い段階のものです。
安満宮山古墳の場所と行き方(観光情報)
出土品を見るなら、文化庁が記す保管施設である高槻市立今城塚古代歴史館が確かです。所有者は国(文化庁)で、館に保管されています。
同じ高槻市の今城塚古墳は、継体大王の真の陵墓と考えられるとされる古墳です。安満宮山古墳とは250年ほど時代が離れますが、どちらも高槻の歴史館で扱われています。
安満宮山古墳
安満宮山古墳の住所:大阪府高槻市安満御所ノ町
交通:公式には確認できませんでした
駐車場:公式には確認できませんでした
料金:公式には確認できませんでした
内部見学:立ち入りについて公式の記載は確認できませんでした。下調べでは、一帯が青龍三年の丘として復元整備され、一般に公開されているとされます
所在地は、文化庁が解説文の中で記す大阪府高槻市安満御所ノ町です。番地は確かめられませんでした。
下調べによれば、この古墳は高槻市の公園墓地の中にあります。もとは安満山古墳群という群集墳の一つでしたが、墓地の開発のときに他の古墳は壊されたといいます。いま一帯は青龍三年の丘として整備され、一般に公開されているとされますが、公開の時間や料金については公式の記載を確かめられませんでした。
安満宮山古墳の発見と調査の歩み
年号を刻んだ一枚の鏡
この古墳から出た銅鏡は5面です。そのうち1面に、青龍三年という中国の魏の年号が刻まれていました。西暦でいえば235年にあたります。
古墳から出る鏡の多くは、いつ作られたかがわかりません。作った年を刻んだ鏡は数が限られており、こうした鏡を紀年鏡と呼びます。年号のある鏡は、その古墳の年代を考えるときの数少ない足場になります。
5面のなかには三角縁神獣鏡も含まれます。三角縁神獣鏡は、卑弥呼が魏から贈られたという「銅鏡百枚」にあてる説がある鏡です。青龍三年の鏡と三角縁神獣鏡が同じ棺から出たことで、この古墳は倭と魏のやりとりを考える材料の一つになりました。
ただし、そう断定できる資料はありません。
小さな墓が重要文化財になる理由
この古墳は、東西18メートル、南北21メートルと推定される小さな墓です。史跡の指定も受けていません。
それでも出土品は、平成12年に一括して国の重要文化財に指定されました。内訳は銅鏡5面、鉄製品9点、ガラス小玉一括、附として苧麻布片2点とされます。
文化庁は、その理由を短く記しています。棺内には銅鏡、大刀等の鉄製品、二連以上に綴られていたガラス小玉が副葬されてあり、初期古墳の様相をよく伝えているというのです。
大きさではなく、中身がそろっていることが評価されています。墳丘の規模で古墳を並べる見方とは、別の物差しがあることを示す例です。桜塚古墳群の出土品が重要文化財になったのも、同じ理由によります。
群のなかで、これだけが残った
下調べによれば、この古墳はもともと安満山古墳群という群集墳の一つでした。6世紀後半から7世紀にかけて造られたと考えられる、大規模な古墳の集まりです。
ところが、墓地の開発のときに他の古墳は壊されてしまったといいます。残ったのは、群のなかで最も古いこの一基だけでした。
発掘調査が行われたのも、墓地を広げるための事前調査としてです。壊す前に記録を取るはずの調査で、青龍三年の鏡が出ました。
同じことは各地で起きています。桜塚古墳群では36基のうち5基が残り、大塚古墳の副葬品が国の重要文化財になりました。安満宮山古墳の場合は、残った一基がそのまま群の代表になっています。
安満宮山古墳から出土したもの
文化庁は、大阪府安満宮山古墳出土品を一括して重要文化財に指定しています。所有者は国(文化庁)、保管施設は高槻市立今城塚古代歴史館です。
指定の内訳は、銅鏡5面(1面に青龍三年の銘がある)、鉄製品9点、ガラス小玉一括、附として苧麻布片2点とされます。苧麻布片は、棺の中に残っていた布の切れ端です。
青龍三年銘の銅鏡
中国の魏の年号「青龍三年」の銘がある鏡。青龍三年は西暦235年にあたる。
三角縁神獣鏡
縁の断面が三角形をなす鏡。卑弥呼が魏から贈られた鏡にあてる説がある。
鉄製品
文化庁の指定内訳では9点。大刀や鉄斧が含まれるとされる。
ガラス小玉
1600個余りが出土したとされる。文化庁は、二連以上に綴られていたと記す。
安満宮山古墳と関連する古墳
安満宮山古墳についてよくある質問
安満宮山古墳は誰の墓ですか。
わかっていません。文化庁の解説文は副葬品の内容を記すのみで、葬られた人にはふれていません。宮内庁の陵墓でもなく、史跡の指定も受けていません。
安満宮山古墳はどこにありますか。
文化庁は、この古墳を大阪府高槻市安満御所ノ町に所在するとしています。下調べでは、高槻市の公園墓地の中にあるとされます。
安満宮山古墳の大きさはどれくらいですか。
公式の数字は確かめられませんでした。下調べでは東西18メートル、南北21メートルと推定される長方形墳とされます。
安満宮山古墳はいつ作られましたか。
文化庁は時代を古墳とするにとどめています。下調べでは、青龍三年の銘のある鏡が出たことから3世紀後半とされます。
安満宮山古墳の出土品はどこで見られますか。
文化庁は保管施設を高槻市立今城塚古代歴史館としています。所有者は国(文化庁)です。
安満宮山古墳と併せて覚えたい言葉・用語
紀年鏡(きねんきょう)
作られた年の年号が刻まれた鏡。古墳の年代を考えるときの数少ない足場になる。
三角縁神獣鏡(さんかくぶちしんじゅうきょう)
縁の断面が三角形をなし、神と獣の文様を持つ鏡。前期の古墳から多く出土する。
長方形墳(ちょうほうけいふん)
平面が長方形の古墳。正方形の方墳と区別される。安満宮山古墳がこの形とされる。
群集墳(ぐんしゅうふん)
小さな古墳が密集して造られたまとまり。6世紀以降に各地で増える。
安満宮山古墳の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。