盗掘を受けていない石室が残り、葬られたときの様子がそのまま出た古墳。
葉佐池古墳とはどんな古墳か
葉佐池古墳はひとことで言えば開けられなかった古墳です。愛媛県松山市北梅本町にあり、松山市はこう説明しています。
葉佐池古墳は、埋葬施設5基を有する最大約41メートルの長円形の古墳です。この古墳は、未盗掘の横穴式石室を有し、今から約1400年前の古墳時代後期の葬送儀礼を知ることができる貴重なものです
未盗掘。古墳の説明でこの二文字が出てくることは、めったにありません。石室が閉じられたときの並びが、そのまま残っていたのです。
墳形は「長円形」とされています。前方後円墳とも円墳とも言い切れない形で、一部には前方後円墳とする資料もあります。
開墾の重機によって偶然見つかり、そこから調査が始まりました。平成23年2月7日、松山市では4番目となる国の史跡に指定され、平成26年7月12日から葉佐池古墳公園として公開されています。
葉佐池古墳の読み方と別名
読みは「はざいけこふん」です。「はさいけ」ではなく「はざいけ」と濁ります。
墳形の呼び方には揺れがあります。松山市は「長円形の古墳」としていますが、一部には前方後円墳とする資料もあり、形の判断が定まっていません。この図鑑では松山市の表記にならい、形の分類は円墳として扱いつつ、本文で長円形であることを断っています。
埋葬施設は番号で呼び分けられます。1号石室と2号石室はいずれも西に開く横穴式石室、3号と5号は小型の竪穴式石室です。もっとも知られているのは、公開されている1号石室です。
葉佐池古墳(はざいけこふん)
松山市が用いる名。所在地に近い葉佐池という池の名から来ている。
葉佐池古墳公園(はざいけこふんこうえん)
平成26年7月12日から公開されている公園の名。
葉佐池1号石室(はざいけいちごうせきしつ)
最初に見つかった石室。公園内の見学施設で見ることができる。
葉佐池古墳は誰の墓か
葉佐池古墳の被葬者はわかっていません。宮内庁の治定もありません。松山市の公式ページに人物を比定する記載はありません。
ただし、この古墳ではほかの古墳ではわからないことがわかります。誰が何人葬られ、どう葬られたかです。埋葬施設は5基あり、石室のなかには複数の人が納められていました。周囲の墳丘には補修の跡が重なっており、あとから葬る追葬が行われたことを示しています。
一人の権力者の墓ではなく、代を重ねて使われた墓なのです。
もうひとつ注目されているのが、葬るまでの時間です。人骨に虫の痕跡が残っていたことから、遺体が死後しばらくのあいだ光の入る場所に安置されていたとみる指摘があります。本葬までのあいだ遺体を仮に安置することを殯といい、その存在を具体的に示すものとして注目されました。
名は伝わっていませんが、葬りの手順は残りました。
公式の説明:わかっていない
公式の案内は古墳の規模と未盗掘であることを述べるだけで、被葬者を比定していない。
葉佐池古墳の大きさと形
松山市は、この古墳を「埋葬施設5基を有する最大約41メートルの長円形の古墳」としています。
長円形というのは、円をやや引き伸ばしたような形のことです。前方後円墳のようにくびれがなく、円墳のようにまるくもない。そのためこの古墳の形は、資料によって呼び方が分かれてきました。
埋葬施設は5基。1号石室と2号石室は西に開く横穴式石室で、いずれも盗掘を受けていませんでした。3号と5号は小型の竪穴式石室です。
葉佐池古墳公園の敷地面積は4,786.76平方メートル、うち史跡指定地の面積は2,813.06平方メートルです。
墳丘の最大の長さ:約41メートル
埋葬施設の数:5基
公園面積:4,786.76平方メートル
史跡指定地の面積:2,813.06平方メートル
葉佐池古墳はいつ作られたか
松山市は、この古墳を「今から約1400年前の古墳時代後期」のものとしています。
古墳時代後期は、大きな古墳が造られなくなり、横穴式石室による追葬がひろがった時期です。同じ組の吉見百穴(埼玉県比企郡吉見町)は6世紀末から7世紀後半の横穴墓群で、積むか掘るかの違いはあっても、一つの墓に何人も葬るという点で葉佐池古墳と同じ時代の考え方に立っています。
九州では竹原古墳(福岡県宮若市)や五郎山古墳(福岡県筑紫野市)が6世紀後半の装飾古墳として知られます。石室に絵を描くか、石室を閉じたまま残すか。同じころの古墳が、地域によってまったく違う残り方をしました。
国の史跡に指定されたのは平成23年2月7日、松山市では4番目の指定です。
葉佐池古墳の場所と行き方(観光情報)
石室の公開日は土曜日・日曜日・祝日(年末年始を除く)です。平日に訪ねても石室の中は見られないので、日を選ぶ必要があります。
未盗掘の石室をそのまま見学できる施設は、全国でも数えるほどしかありません。公園の敷地面積は4,786.76平方メートル、そのうち史跡指定地は2,813.06平方メートルです。
葉佐池古墳公園
葉佐池古墳公園の住所:愛媛県松山市北梅本町甲2455
交通:伊予鉄横河原線の梅本駅から北へ徒歩26分(駅から古墳まで2キロメートル)。車は松山自動車道の川内インターチェンジから22分(12.8キロメートル)、松山インターチェンジから20分(9.2キロメートル)
駐車場:園内に駐車場がある
料金:公式に確認できませんでした
内部見学:1号石室見学施設があり、公開日は土曜日・日曜日・祝日(年末年始を除く)
松山市は所在地を松山市北梅本町甲2455としています。園内には1号石室見学施設、ガイダンス棟、四阿、多目的広場、駐車場があります。
荒天時、強風時、気象警報が発令されているときは、1号石室の公開を中止することがあります。強風時に見学する際は足元に注意が必要だと松山市は呼びかけています。
問い合わせ先は松山市の文化財課(愛媛県松山市三番町六丁目6-1 第4別館2階、電話089-948-6603)です。
葉佐池古墳の発見と調査の歩み
重機が掘り当てた
葉佐池古墳は、偶然に見つかった古墳です。当時の地権者が重機を入れて開墾しようとしたところ、石室が現れたのでした。
重機によって天井石がずれましたが、石室の中は無事でした。すき間からのぞくと、供えられた須恵器や、木の棺の残りとみられる木材が見えたといいます。
開けられていない石室が、そこにありました。
松山市はただちに動きます。古墳の所在地を公有化し、翌年から学術調査を始めました。
偶然の発見が古墳を世に出す例は少なくありません。竹原古墳(福岡県宮若市)は相撲場の土俵の土取り、五郎山古墳(福岡県筑紫野市)は盗掘坑の陥没でした。葉佐池古墳が幸運だったのは、見つけたのが盗掘者ではなく、開墾の重機だったことです。
未盗掘であるということ
松山市はこの古墳を「未盗掘の横穴式石室を有し、今から約1400年前の古墳時代後期の葬送儀礼を知ることができる貴重なもの」としています。
葬送儀礼を知ることができる、という言い方が要です。副葬品が残っているだけではありません。どこに何が置かれていたかが残っているのです。
1号石室では、奥の壁の手前中央に須恵器が据えられ、その左右にも器や鉄の道具が並んでいました。木の棺が納められ、人骨は棺の中と石室の奥にありました。
置かれ方が残るというのは、儀式の手順が残るということです。
黒塚古墳(奈良県天理市)で三角縁神獣鏡が棺を囲むように立てかけられていたことがわかったのも、盗掘を免れていたからでした。開けられなかった石室だけが、当時の手つきを伝えます。
殯という時間
葉佐池古墳の1号石室からは、思いがけない手がかりが出ました。人骨に、虫の蛹の殻が多数付いていたのです。
この虫は、光の入る場所に置かれた遺体につくものです。そこから、遺体が亡くなってからしばらくのあいだ、閉じた石室ではない場所に安置されていたと推定されました。
本葬までのあいだ遺体を仮に安置することを殯といいます。文献には出てきますが、実際にそれが行われた証拠が古墳から出た例は、ごくわずかです。
骨そのものではなく、骨に付いた虫の殻から、葬るまでの時間が読み取れる。未盗掘であったことが、こういう細かな証拠を残しました。
2号石室では逆に、須恵器が人の手で壊され、木片や馬具が石室じゅうに散らされていました。石室が閉じられたあと人が入った跡はありませんから、閉じる前に行われたことになります。その意図はわかっていません。
葉佐池古墳から出土したもの
松山市の公式ページは、この古墳が未盗掘の横穴式石室を持つことと、そこから古墳時代後期の葬送儀礼を知ることができることを述べています。
上に挙げた個々の出土品は発掘調査の記録として伝わるもので、松山市の公式ページでは一つずつ確かめられませんでした。確かなのは、石室が閉じられたときの状態が保たれていたということです。
須恵器
1号石室の奥の壁の手前に据えられていた。供えるために納められたとみられる。
鉄の道具
鉄斧や鉄鏃など。須恵器とともに石室の中に置かれていた。
木の棺
腐朽が進みながらも、板の一部が石室の中に残っていた。
人骨
1号石室で確認された。虫の蛹の殻が付いていた骨もある。
馬具
2号石室から出土。ただし石室じゅうに散らされた状態で見つかっている。
葉佐池古墳と関連する古墳
葉佐池古墳についてよくある質問
葉佐池古墳は誰の墓ですか。
わかっていません。宮内庁の治定もありません。埋葬施設が5基あり、一つの石室に複数の人が葬られていたことから、代を重ねて使われた墓とみられます。
葉佐池古墳はどこにありますか。
愛媛県松山市北梅本町甲2455です。伊予鉄横河原線の梅本駅から北へ徒歩26分、車では松山自動車道の松山インターチェンジから20分です。
葉佐池古墳の大きさはどれくらいですか。
松山市は、埋葬施設5基を有する最大約41メートルの長円形の古墳としています。公園の敷地面積は4,786.76平方メートルです。
葉佐池古墳はいつ作られましたか。
松山市は今から約1400年前、古墳時代後期としています。国の史跡に指定されたのは平成23年2月7日で、松山市では4番目の指定です。
葉佐池古墳の石室は見学できますか。
1号石室見学施設があり、公開日は土曜日・日曜日・祝日(年末年始を除く)です。荒天時や気象警報の発令時は公開が中止されることがあります。
葉佐池古墳と併せて覚えたい言葉・用語
未盗掘(みとうくつ)
掘り返されていないこと。副葬品だけでなく、置かれ方まで残る。
殯(もがり)
本葬までのあいだ、遺体を一定期間仮に安置すること。
横穴式石室(よこあなしきせきしつ)
横から出入りできる石室。あとから死者を加えて葬ることができる。
須恵器(すえき)
窯で高温で焼いた灰色の硬い土器。古墳時代の中ごろに大陸から伝わった。
葉佐池古墳の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。