古墳の内部を見学できる展示館がある、埼玉古墳群の前方後円墳。
将軍山古墳とはどんな古墳か
埼玉県行田市の埼玉古墳群の北東部にある前方後円墳です。埼玉県立さきたま史跡の博物館は、6世紀後半の前方後円墳で全長90メートルとしています。
この古墳の見どころは、中に入れることです。古墳の内部には、複製の石室や遺物の置かれた状態を見学できる「将軍山古墳展示館」が平成9年(1997年)にオープンしています。
明治時代に後円部の横穴式石室が発掘され、多くの副葬品が出土しました。中でも馬冑と呼ばれる馬の武装用の冑は、国内の出土が3例と少なく、たいへん珍しい遺物です。
墳丘の東側は削られ、崩落も進んでいたため、平成3年(1991年)から復原整備工事が行われました。墳丘と周囲の堀を復原し、埴輪の複製を並べて、造られた当時に近い形に整えられています。
将軍山古墳の読み方と別名
読みは「しょうぐんやまこふん」です。将軍山という名の由来について、公式ページに記載を確かめられませんでした。
注意したいのは古墳群の名のほうです。埼玉古墳群の「埼玉」は、県名と同じ字を書きながら「さきたま」と読みます。
埼玉古墳群には似た形の名が並びます。稲荷山古墳、二子山古墳、鉄砲山古墳、瓦塚古墳、奥の山古墳、中の山古墳、愛宕山古墳、そして丸墓山古墳と将軍山古墳。いずれも土地で呼ばれてきた通称がそのまま古墳の名になったもので、被葬者の名とは関係がありません。
将軍山古墳(しょうぐんやまこふん)
埼玉県立さきたま史跡の博物館が用いる名。特別史跡「埼玉古墳群」に含まれる。
将軍山古墳展示館(しょうぐんやまこふんてんじかん)
古墳の内部に設けられた見学施設。平成9年にオープンし、複製の石室を見ることができる。
埼玉古墳群(さきたまこふんぐん)
この古墳を含む古墳群。埼玉と書いて「さきたま」と読み、県名発祥の地とされる。
将軍山古墳は誰の墓か
この古墳に葬られた人が誰かは、わかっていません。
埼玉県立さきたま史跡の博物館は、横穴式石室から多種多様な副葬品が見つかったことを詳しく紹介していますが、被葬者が誰であるかにはふれていません。
それでも、副葬品からは人物像の輪郭が見えます。馬冑、蛇行状鉄器と呼ばれる旗ざお金具、環頭大刀などの武器・武具、銅鋺などの容器。博物館はこれらを豪華な品々が一緒に納められていたと表現しています。馬に甲冑を着せ、旗を立てて進む武人の姿が浮かびます。
さらに博物館は、石室に遠方から運ばれた二種類の石材が使われていることがわかっているとしています。遠くから石を運べる力を持っていた人物です。
同じ埼玉古墳群の稲荷山古墳では、鉄剣の銘文に人の名が記されていました。将軍山古墳には、それがありません。
断定できない:わかっていない
副葬品は詳しく紹介されているが、被葬者を特定する記載はない。
学術的な見方のひとつ:埼玉古墳群を築いた勢力の一人か
古墳群は当時の王権との関わりや地域支配を考えるうえで重要とされるが、個人は特定されていない。
将軍山古墳の大きさと形
埼玉県立さきたま史跡の博物館は、将軍山古墳を全長90メートルの前方後円墳としています。古墳の大きさの表では、墳丘全長90.0メートル、後円部径38.8メートル、前方部幅63.6メートル、前方部高8メートル以上と記されています。
埼玉古墳群の中では、二子山古墳の132.2メートル、稲荷山古墳の120.0メートル、鉄砲山古墳の107.6メートルに次ぐ4番目です。前方部の幅が後円部の径を大きく上回っており、前方部が発達した後期古墳の形をしています。
博物館は、この群の前方後円墳が主軸方位をおおむねそろえ、長方形の二重周堀を持ち、西側に造出しを備えるという強い規格性を持つとしています。
墳丘長:90メートル
後円部の径:38.8メートル
前方部の幅:63.6メートル
前方部の高さ:8メートル以上
墳形:前方後円墳
将軍山古墳はいつ作られたか
埼玉県立さきたま史跡の博物館は、将軍山古墳を6世紀後半の前方後円墳としています。
埼玉古墳群全体は、5世紀後半から7世紀中頃にかけて、大宮台地の北端に連続して築かれました。将軍山古墳は、その終わりに近い時期の古墳です。
群の中で並べると、5世紀後半の稲荷山古墳、6世紀初めの丸墓山古墳、そして6世紀後半の将軍山古墳という順になります。同じ台地の上で、百年以上にわたって大型古墳が造られ続けました。
この時期は、横穴式石室が各地に広がった時代でもあります。将軍山古墳の後円部に石室が設けられているのも、その流れの中にあります。
将軍山古墳の場所と行き方(観光情報)
埼玉古墳群の北東部にあり、西に丸墓山古墳、南に稲荷山古墳が並びます。台地上の狭い範囲に大型古墳が密集しているので、歩いて回れます。
埼玉古墳群は2020年(令和2年)3月10日に国の特別史跡に指定されました。埼玉県内では初めての特別史跡です。
将軍山古墳(さきたま古墳公園内)
将軍山古墳(さきたま古墳公園内)の住所:埼玉県行田市埼玉4834
交通:公式に確認できませんでした
駐車場:公式に確認できませんでした
料金:公式に確認できませんでした
内部見学:将軍山古墳展示館として整備されており、古墳の内部を見学できる
住所は、古墳を管理する埼玉県立さきたま史跡の博物館が公表する埼玉県行田市埼玉4834です。古墳はこの博物館と同じ大字埼玉の、さきたま古墳公園の中にあります。
博物館は観覧時間を9時から16時30分まで(7月1日から8月31日のみ9時から17時まで)、入館は閉館の30分前までとし、休館日を毎週月曜日と年末年始としています。展示館は古墳の中に設けられているため、開いている時間でなければ内部は見られません。行き方と観覧料は、公式の記載を確かめられませんでした。
将軍山古墳の発見と調査の歩み
古墳の中に入れる、めずらしい場所
全国に古墳は数万基あります。そのうち、内部を見学できるものはごくわずかです。将軍山古墳は、その数少ない一つです。
埼玉県立さきたま史跡の博物館は、こう書いています。古墳の内部には、複製の石室や遺物の置かれた状態を見学できる施設、「将軍山古墳展示館」が平成9年にオープンしています、と。
実物の石室をそのまま見せるのではなく、複製の石室と、遺物が置かれていた状態を再現するという方式です。石室の床面を検出したときの記録をもとに、副葬品がどこにどう並んでいたのかまで見られます。
奈良県の石舞台古墳のように石室がむき出しになっている例はありますが、盛り土の内側に入って見る形は、多くありません。
馬にかぶせる冑
将軍山古墳から出た副葬品の中で、博物館がとくに挙げているのが馬冑です。
馬冑とは、馬の武装用の冑のことをいいます。人ではなく、馬の頭を守るための鉄の冑です。博物館は、国内の出土が3例と少なく、大変珍しい遺物だとしています。
ほかにも、蛇行状鉄器と呼ばれる旗ざお金具などの馬具、環頭大刀などの武器・武具、銅鋺などの容器が一緒に納められていました。
蛇行状鉄器は、旗を立てるための金具です。馬に甲冑を着せ、背に旗を立てて進む。6世紀後半の武人の姿が、副葬品の並びから立ち上がってきます。埼玉古墳群では、稲荷山古墳の金錯銘鉄剣が有名ですが、副葬品の豪華さではこちらが際立ちます。
遠くから運ばれた、二種類の石
博物館は、将軍山古墳の石室について「遠方より運ばれた二種類の石材が使われていることがわかっています」としています。
古墳のある行田市は、大宮台地の北端にあたる平地です。石室に使えるような大きな石は、近くにありません。つまり石は、どこか別の場所から運ばれてきました。
石を運ぶには、船と人手と、運ばせるだけの力が要ります。石材がどこから来たのかは、その古墳の主がどこと結びついていたのかを示します。
墳丘の東側は削られ、崩落も進んでいたため、平成3年から復原整備工事が行われました。墳丘と周囲の堀を復原し、埴輪の複製を並べて、造られた当時に近い形に整えられています。いま見えているのは、その復原された姿です。
将軍山古墳から出土したもの
埼玉県立さきたま史跡の博物館は、横穴式石室から多種多様な副葬品が見つかっているとしています。
馬冑、蛇行状鉄器などの馬具、環頭大刀などの武器・武具、銅鋺などの容器。博物館はこれらを、豪華な品々が一緒に納められていたと表現しています。将軍山古墳展示館では、遺物が置かれていた状態を再現した展示を見ることができます。
馬冑
馬の武装用の冑。国内の出土は3例と少なく、たいへん珍しい遺物とされる。
蛇行状鉄器
旗ざおを立てるための金具。馬具のひとつ。
環頭大刀
柄の頭が輪の形になった大刀。武器・武具として納められていた。
銅鋺
銅で作られた鋺。容器として石室に納められていた。
将軍山古墳と関連する古墳
将軍山古墳についてよくある質問
将軍山古墳は誰の墓ですか。
わかっていません。埼玉県立さきたま史跡の博物館は副葬品を詳しく紹介していますが、被葬者を特定する記載はありません。
将軍山古墳はどこにありますか。
埼玉県行田市の埼玉古墳群の北東部にあります。管理する埼玉県立さきたま史跡の博物館の住所は、埼玉県行田市埼玉4834です。
将軍山古墳の大きさはどれくらいですか。
墳丘全長90メートル、後円部径38.8メートル、前方部幅63.6メートルです。埼玉古墳群では4番目の大きさにあたります。
将軍山古墳はいつ作られましたか。
博物館は6世紀後半としています。埼玉古墳群の大型古墳の中では、終わりに近い時期の古墳です。
将軍山古墳の中に入れますか。
入れます。古墳の内部に将軍山古墳展示館があり、複製の石室や遺物の置かれた状態を見学できます。観覧時間は9時から16時30分まで、休館日は毎週月曜日と年末年始です。
将軍山古墳と併せて覚えたい言葉・用語
横穴式石室(よこあなしきせきしつ)
横から出入りできる通路を持つ石室。追葬ができ、6世紀に各地へ広がった。
馬冑(ばちゅう)
馬の頭を守る鉄の冑。国内での出土は3例と少ない。
蛇行状鉄器(だこうじょうてっき)
旗ざおを立てるための金具。うねった形をしている。
環頭大刀(かんとうたち)
柄の頭が輪の形になった大刀。地位の高い人物が持った。