直径44.8センチの単頭双胴怪獣鏡が出た、瀬戸内を見おろす前方後円墳。
柳井茶臼山古墳とはどんな古墳か
柳井茶臼山古墳はひとことで言えば巨大な鏡が出た古墳です。山口県柳井市にあり、国の史跡としての名は「茶臼山古墳」です。
山口県は、柳井湾を望む標高約80メートルの丘陵先端部に立地する古墳時代前期末の前方後円墳とし、墳丘の規模を全長約90メートル、白鳥古墳(平生町)・上ノ山古墳(下関市)に次ぐ県内3番目としています。同じ山口県のページでも、一般向けの説明では全長79メートル・標高75メートルとされています。
1892年(明治25年)、後円部で埋葬施設が偶然に見つかりました。このとき出た鏡のうち1面が、面径44.8センチメートルの単頭双胴怪獣鏡です。山口県はこれを、古墳出土鏡としては最大のものとして注目されてきた、と記しています。
柳井茶臼山古墳の読み方と別名
読みは「ちゃうすやまこふん」です。文化庁の国指定文化財等データベースも、この読みで登録しています。
山口県は「茶臼山という山の名は県内各地にあるが、この古墳は柳井市にあって、標高75mの向山(むかいやま)といわれる丘陵にある」と説明しています。同名の古墳と取り違えないために、柳井を冠して呼ぶのが通例になりました。
茶臼とは抹茶をひく石臼のことで、丸い墳丘を伏せた臼に見立てた名です。甲斐銚子塚古墳の「銚子塚」と並び、前方後円墳によく付けられた通称にあたります。
茶臼山古墳(ちゃうすやまこふん)
国の史跡としての指定名称。文化庁のふりがなもこの形。
柳井茶臼山古墳(やないちゃうすやまこふん)
同名の古墳が各地にあるため地名を冠した形。
茶臼山古墳出土品(ちゃうすやまこふんしゅつどひん)
山口県指定有形文化財としての名。
柳井茶臼山古墳は誰の墓か
柳井茶臼山古墳の被葬者はわかっていません。山口県も、人物を特定する記載はしていません。かわりに書かれているのは、次のことです。
これらによってこの古墳が古墳時代を代表する典型的な畿内型古墳であることがわかり、被葬者と畿内政権との強い結びつきが想定されることとなった
また山口県は、熊毛半島を含むこの地域の前方後円墳5基を「瀬戸内海航路の東の重要な拠点におかれた周芳国の支配者の墓」と考えられるとし、大和政権はこの地域の支配者に前方後円墳を造ることを許し、大鏡を贈ることにより支配を強めていった、という見方を示しています。
面径44.8センチの鏡は、その見方の中心に置かれた品です。誰が受け取ったかは、記録に残っていません。
公式の説明:わかっていない
人物を比定する記載はなく、被葬者と畿内政権との強い結びつきが想定される、とするにとどまる。
学術的な見方のひとつ:周芳国の支配者
地域の前方後円墳5基を、瀬戸内海航路の拠点に置かれた支配者の墓とする見方。
柳井茶臼山古墳の大きさと形
山口県の文化財要録は、墳丘の規模を全長約90メートルとし、白鳥古墳(平生町)・上ノ山古墳(下関市)に次ぐ県内3番目の規模としています。一方、同じ山口県の一般向けの説明では全長は79mとされ、数字が一致しません。立地の標高も、約80メートルとする記述と75メートルとする記述の両方があります。
平成3年から8年度の柳井市教育委員会による全面発掘調査で、葺石と埴輪を伴う三段築成の整美な墳丘であること、後円部に竪穴式石室と粘土槨の2基の埋葬施設があることが明らかになりました。
全長(文化財要録):約90メートル
全長(一般向け説明):79メートル
立地の標高(文化財要録):約80メートル
立地の標高(一般向け説明):75メートル
県内での順位:3番目(白鳥古墳・上ノ山古墳に次ぐ)
単頭双胴怪獣鏡の面径:44.8センチメートル
埴輪の推定総数:140基
国の史跡の指定:1948年1月14日(昭和23年)
柳井茶臼山古墳はいつ作られたか
山口県は、この古墳を古墳時代前期末(4世紀末)の前方後円墳としています。
4世紀末の瀬戸内は、畿内と九州を結ぶ航路の要でした。柳井湾を見おろす丘の上に90メートル級の墳丘を築くことは、海から見える位置に権威を置くことでもあります。
同じころ、東海では東之宮古墳(愛知県犬山市)が造られ、甲府盆地では甲斐銚子塚古墳が築かれました。前期の終わりに、列島の各地でほぼ同じ形の古墳が立ち上がっています。その現象を山口県は「大和政権はこの地域の支配者に前方後円墳を造ることを許し、大鏡を贈ることにより支配を強めていった」と説明しています。
柳井茶臼山古墳の場所と行き方(観光情報)
出土品は山口県立山口博物館(山口市)と茶臼山古墳資料館(柳井市柳井1194の2)に分かれて保管されていると、山口県の文化財要録が記しています。
最大の単頭双胴怪獣鏡は東京国立博物館の所蔵です。鏡を見たいのか墳丘を見たいのかで、行き先が三つに分かれます。平成4年度には柳井市が出土鏡4面の複製を作成しています。
柳井茶臼山古墳(茶臼山古墳)
柳井茶臼山古墳(茶臼山古墳)の住所:柳井市柳井字向山305(山口県の文化財要録)/柳井市柳井(文化庁)
交通:公式に確認できませんでした
駐車場:公式に確認できませんでした
料金:公式に確認できませんでした
内部見学:公式に確認できませんでした
山口県の文化財要録は、所在地を柳井湾を望む標高約80メートルの丘陵先端部とし、柳井市柳井字向山305という地番を記しています。文化庁の所在地欄は「柳井市柳井」です。
行き方・駐車場・料金・墳丘に入れるかどうかについては、公式のページに記載を確かめられませんでした。
柳井茶臼山古墳の発見と調査の歩み
大鏡1面、小鏡4面
1892年(明治25年)、後円部で埋葬施設が偶然に見つかり、地元の人びとの手で掘られました。
翌年に建てられた石碑に、そのときの出土品が記されています。山口県が引くその文言は「大鏡1面、小鏡4面、剣・鉾・鏃若干、壺若干」でした。
大鏡が、面径44.8センチメートルの単頭双胴怪獣鏡です。小鏡4面のうち2面は画文帯神獣鏡と内行八花文鏡で、いまも山口県内に伝わり、平成7年に県の有形文化財となりました。
山口県は「残る鏡1面と鉄器・土器器類はすでに散逸して所在不明である」「当時埴輪も出土していたが、今日まで残されていない」とも記しています。掘られた年が早すぎたために、失われたものがあります。
わが国最大級の銅鏡
単頭双胴怪獣鏡は、頭がひとつで胴が二つある怪獣を鋳出した鏡です。山口県は面径44.8センチメートルとし、わが国最大級の銅鏡としています。別のページでは径44センチ、大陸の鏡を模倣して作った漢式鏡としては最大、と記されています。
直径44センチというのは、両手で抱える大きさです。実用の鏡ではありません。
残る2面も内容が濃く、画文帯神獣鏡は破鏡で推定径18センチ、中国の六朝時代の製作で「百身長楽」の吉祥句を持ちます。内行八花文鏡は破鏡で推定径19.5センチ、4世紀末の製作と考えられています。
中国製の鏡と国産の鏡が、ひとつの石室から一緒に出ています。
掘り直して、わかったこと
明治の発掘から百年後、柳井市教育委員会が平成3年から8年度にかけて墳丘を全面的に発掘しました。
山口県はその成果をこう書いています。
本古墳が葺石・埴輪を伴う三段築成の整美な墳丘をもつこと、後円部に2基の埋葬施設(長大な竪穴式石室および粘土槨)をもつことなどを明らかにした
埴輪は推定総数140基。円筒埴輪を主体に、家形埴輪など多彩な構成でした。長さ80センチを超える大型の鉄刀・鉄剣や、多数の鉄刀子、勾玉なども新たに出ています。
明治のときに失われた埴輪が、百年後に別の場所から出てきたことになります。山口県はこの調査を経て、この古墳を「古墳時代を代表する典型的な畿内型古墳」と位置づけました。造山古墳(岡山市)や五色塚古墳(兵庫県神戸市)と同じ、瀬戸内の航路に面した大型墳のひとつです。
柳井茶臼山古墳から出土したもの
明治25年に出た5面の鏡のうち、山口県内に伝わるのは2面です。1面は東京国立博物館、残る1面と鉄器・土器類は所在不明と山口県が記しています。行方が三つに割れたまま、百三十年が過ぎました。
単頭双胴怪獣鏡
面径44.8センチメートル。わが国最大級の銅鏡とされる。東京国立博物館蔵。
画文帯神獣鏡
破鏡で推定径18センチ。中国製で「百身長楽」の吉祥句がある。
内行八花文鏡
破鏡で推定径19.5センチ。4世紀末の製作と考えられている。
埴輪
推定総数140基。円筒埴輪を主体に、家形埴輪など多彩な構成をなす。
鉄刀・鉄剣
長さ80センチを超える大型のもの。竪穴式石室に伴う副葬品。
柳井茶臼山古墳と関連する古墳
柳井茶臼山古墳についてよくある質問
柳井茶臼山古墳は誰の墓ですか。
わかっていません。山口県も人物を特定していません。ただし、被葬者と畿内政権との強い結びつきが想定されるとし、瀬戸内海航路の拠点に置かれた支配者の墓と考えられる、としています。
柳井茶臼山古墳の大きさはどれくらいですか。
山口県の文化財要録は全長約90メートルとし、県内3番目の規模としています。同じ山口県の一般向けの説明では全長79メートルとされ、数字に幅があります。
柳井茶臼山古墳はどこにありますか。
山口県柳井市です。山口県は柳井市柳井字向山305、文化庁は柳井市柳井としています。柳井湾を望む丘陵の先端部です。
柳井茶臼山古墳はいつ作られましたか。
山口県は古墳時代前期末、4世紀末頃としています。国の史跡に指定されたのは1948年1月14日です。
出土した鏡はどこにありますか。
山口県によれば、画文帯神獣鏡は山口県立山口博物館、内行八花文鏡は柳井市の茶臼山古墳資料館です。最大の単頭双胴怪獣鏡は東京国立博物館の所蔵です。
柳井茶臼山古墳と併せて覚えたい言葉・用語
単頭双胴怪獣鏡(たんとうそうどうかいじゅうきょう)
頭がひとつで胴が二つある怪獣を鋳出した鏡。変形神獣鏡とも呼ばれる。
画文帯神獣鏡(がもんたいしんじゅうきょう)
文様の帯をめぐらせた神獣鏡。中国の六朝時代のものが日本にもたらされた。
粘土槨(ねんどかく)
木の棺を粘土で包んだ埋葬施設。石室を築かずに棺を守る方式。
畿内型古墳(きないがたこふん)
畿内の大型古墳と同じ設計で築かれた地方の古墳。葺石・埴輪・段築を伴う。
柳井茶臼山古墳の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。