直径約70メートル、京都府内で最大の円墳。復元されて公園になっている。
私市円山古墳とはどんな古墳か
私市円山古墳は、京都府綾部市私市町にある円墳です。綾部市は、直径約70メートル、高さは約10メートルある府内最大の円墳と説明しています。
見つかったのは新しく、事情も変わっています。文化庁によれば、昭和62年から63年にかけて京都府埋蔵文化財調査研究センターが行った発掘調査で、はじめてその様相が明らかになりました。
墳丘は三段に築成され、斜面には由良川から運んだ河原石が葺石として敷き詰められています。一段目と二段目の平坦部分には埴輪列がめぐります。
綾部市は、約1600年前の由良川の王の強大な権力を今に伝える古墳として、当時の姿に復元し史跡公園として整備しています。1994年(平成6年)3月23日に国の史跡に指定されました。
私市円山古墳の読み方と別名
読みは「きさいちまるやまこふん」です。私市と書いて「きさいち」と読みます。文化庁のふりがなも「きさいちまるやまこふん」です。
「円山」は、丸い墳丘そのものを指す呼び名です。各地にある円山古墳とは、所在地の私市を冠して呼び分けられます。
綾部市は、復元・整備した史跡公園を「私市円山古墳公園」と呼んでいます。バス停の名も同じです。
私市円山古墳(きさいちまるやまこふん)
文化庁と綾部市が使う正式な表記。文化庁のふりがなも「きさいちまるやまこふん」。
私市(きさいち)
所在地の地名。読みにくい地名として知られる。
私市円山古墳公園(きさいちまるやまこふんこうえん)
復元・整備された史跡公園の名。綾部市が使う。バス停の名にも入っている。
私市円山古墳は誰の墓か
私市円山古墳の被葬者はわかっていません。宮内庁の陵墓としての治定もありません。
綾部市は、この古墳を「約1600年前の由良川の王の強大な権力を今に伝える」と紹介しています。人名ではなく、立場としての表現です。
注目されるのは、埋葬施設が3つあることです。文化庁によれば、墳頂部の平坦部分に、中央・北側・南側の3つが確認されています。中央と北側には組合せ式の木棺が置かれ、南側は木棺の形跡のないごく浅い土壙でした。
中央には短甲・衝角付冑・鉄刀・鉄鏃といった武器と武具、勾玉・管玉・小型鏡。北側には鹿角製の装具が付いた鉄剣と胡籙。南側には鉄鏃と農工具だけです。
納められた品には、はっきりした差があります。3つは中央・南・北の順でつくられたと分かっていますが、3人の関係は分かっていません。
綾部市の説明:由良川の王
約1600年前の由良川の王の強大な権力を今に伝える古墳、と紹介する。人名は示していない。
断定できない:特定できていない
詳細解説に人名はない。中丹波で伝統的な方墳ではなく大規模な円墳を選んだ点から、近畿中枢部との結びつきが想定されるとする。
私市円山古墳の大きさと形
綾部市は、直径約70メートル、高さは約10メートルとし、府内最大の円墳としています。
文化庁の詳細解説も、径七〇メートル前後、高さ一〇メートルの円丘としています。その東南には、幅一八メートル・長さ一〇メートルの造り出しが付きます。造り出しとは、墳丘の裾から張り出した平らな場所のことです。
最頂部の標高は九四メートル。麓の平地部との比高差は六〇メートルあります。文化庁は「麓からは古墳をあおぎ見ることになり、またかなりの遠隔地からも古墳を望むことができる」と書いています。
墳頂部は径約一八メートルの平坦部分で、そこに3つの埋葬施設が設けられていました。奈良県の富雄丸山古墳が日本最大の円墳とされるのに対し、この古墳は京都府で最大の円墳です。
墳丘の直径:直径約70メートル
墳丘の高さ:高さは約10メートル
墳丘の段数:三段に築成
造り出しの大きさ:幅一八メートル・長さ一〇メートル
最頂部の標高と墳頂部:標高九四メートル、墳頂部の平坦面は径約一八メートル
史跡の指定年月日:1994年(平成6年)3月23日
私市円山古墳はいつ作られたか
文化庁は、この古墳を古墳時代の中期、五世紀中頃に築造された大規模な円墳としています。綾部市は「約1600年前」と表現しています。
5世紀の中頃といえば、大阪で大仙陵古墳のような巨大な前方後円墳が造られていた時代です。同じころ、由良川の中流域では、この地域で初めての大規模な円墳が築かれました。
文化庁は、中丹波地域では前期から中期にかけて方墳が首長墓として造営され、綾部市の菖蒲塚古墳や聖塚古墳など比較的大型の方墳が特徴的な古墳文化を形成していた、と説明しています。
そのなかで、この古墳だけが円墳です。文化庁は「そのほかの首長墓と一線を画しており、この事実の背後に、近畿中枢部との政治的結びつきの強化のあったことが想定される」と記しています。
私市円山古墳の場所と行き方(観光情報)
綾部市は、この古墳を「当時の姿に復元し史跡公園として整備しています」と記しています。
復元された古墳を歩ける場所は多くありません。兵庫県の五色塚古墳と同じく、造られた当時に近い姿を確かめられます。
私市円山古墳公園
私市円山古墳公園の住所:綾部市私市町
交通:JR綾部駅からあやバス西坂線「湯殿(私市円山古墳公園前)」下車、徒歩約5分。舞鶴若狭自動車道の福知山インターチェンジ・綾部インターチェンジから車で約20分(綾部市)
駐車場:公式に確認できませんでした
料金:公式に確認できませんでした
内部見学:綾部市は「古墳は当時の姿に復元し史跡公園として整備しています」と記しています
綾部市は行き方を明記しています。JR綾部駅からあやバス西坂線「湯殿(私市円山古墳公園前)」下車、徒歩約5分。車なら舞鶴若狭自動車道の福知山インターチェンジ・綾部インターチェンジから約20分です。
綾部市は、綾部駅南口から湯殿までの時刻表も公開しています。
駐車場と料金については、公式のページでは確かめられませんでした。
私市円山古墳の発見と調査の歩み
道路の工事が掘り当てた古墳
この古墳は、道路の工事がなければ見つからないままでした。
文化庁によれば、昭和62年から63年にかけて京都府埋蔵文化財調査研究センターが発掘調査を行い、はじめてその様相が明らかになります。平成3年には綾部市教育委員会が、全体規模を確認するための調査を実施しました。
文化庁は「墳丘は後世の削平を受けることもほとんどなく」と記しています。長いあいだ手が付けられずに残っていたことが、知られないまま、あやうく失われるところだったということです。
見つかったから守られた。綾部市はいま、この古墳を復元して史跡公園として公開しています。
3つの埋葬施設
墳頂部の径約一八メートルの平坦部分に、埋葬施設が3つあります。文化庁の記述は細かいものです。
中央は、長さ七・六メートルの墓壙の底に、長さ四メートルに復元できる組合せ式木棺。棺の中は主室と両端の副室に仕切られ、主室には短甲・衝角付冑・鉄刀・鉄鏃などの武器と武具、勾玉・管玉・小型鏡。副室には鍬先・鎌・斧などの農工具。
北側は、長さ五・六メートルの墓壙に、長さ三・八メートルほどの組合せ式木棺。農工具と鉄刀はなく、鹿角製の装具が付く鉄剣と胡籙があります。
南側は、長さ二・四メートルのごく浅い土壙で、木棺の跡はありません。3人の関係は分かっていません。
三八本の矢
北側の埋葬施設から出た胡籙は、矢を入れて背負う道具です。
文化庁は次のように記しています。鉄地に金を張った部品や金銅製の部品が残り、その裏面には布と革の痕跡が認められた。鉄鏃や矢柄の位置から見ると、この胡籙には長さ六〇センチメートルの矢を三八本おさめていたと推定できる。
腐って消えたはずの矢の本数が、鏃の並び方から読み取れた。
文化庁は、この古墳を「規模が壮大であるばかりでなく、古墳時代における政治や社会の様相を明らかにする上で高い学術的価値を有している」と評価しました。
私市円山古墳から出土したもの
出土品の内訳を見ると、武器と武具、装身具、農工具がひととおりそろっています。
埴輪も出ています。文化庁によれば、一段目と二段目の平坦部分をめぐるのは大部分が円筒埴輪で、朝顔形埴輪も少数含まれます。
由良川の河原石を葺石に使い、川の流域の力を示す品を納める。この古墳の造りは、川と切り離せません。
短甲と衝角付冑
中央の埋葬施設から出土した武具。鉄の板を組んだ甲と、先のとがった冑。
胡籙
北側の埋葬施設から出土。長さ六〇センチメートルの矢を三八本おさめていたと推定される。
鹿角製装具の付く鉄剣
北側の埋葬施設から出土。鹿の角で装具を作った剣。
勾玉・管玉・小玉・竪櫛・小型鏡
中央の埋葬施設の主室から出土した装身具のたぐい。
農工具
鍬先・鎌・斧・釶など。中央の副室と南側から出土している。
形象埴輪と土師器
造り出しの外寄りから、家形・蓋形・短甲形の埴輪と土師器が出土。
私市円山古墳と関連する古墳
私市円山古墳についてよくある質問
私市円山古墳は誰の墓ですか。
わかっていません。綾部市は「約1600年前の由良川の王」と表現していますが、人名は示していません。墳頂部には埋葬施設が3つあり、その3人の関係も分かっていません。
私市円山古墳はどこにありますか。
京都府綾部市私市町です。JR綾部駅からあやバス西坂線「湯殿(私市円山古墳公園前)」下車、徒歩約5分。車なら舞鶴若狭自動車道の綾部インターチェンジから約20分です。
私市円山古墳の大きさはどれくらいですか。
綾部市は直径約70メートル、高さは約10メートルとし、府内最大の円墳としています。墳丘は三段に築成され、東南には造り出しが付きます。
私市円山古墳はいつ作られたのですか。
文化庁は古墳時代の中期、五世紀中頃としています。綾部市は「約1600年前」と表現しています。
私市円山古墳は見学できますか。
綾部市は「古墳は当時の姿に復元し史跡公園として整備しています」と記しています。葺石が敷き直され、埴輪が並べられた姿を見ることができます。駐車場と料金は、公式のページでは確かめられませんでした。
私市円山古墳と併せて覚えたい言葉・用語
円墳(えんぷん)
墳丘を丸く築いた古墳。数のうえではもっとも多い形。
造り出し(つくりだし)
墳丘の裾から張り出した平らな場所。まつりを行った場と考えられている。
葺石(ふきいし)
墳丘の斜面に敷きつめた石。私市円山古墳では由良川の河原石が使われた。
胡籙(ころく)
矢を入れて背負う道具。「やなぐい」とも呼ばれる。
墓壙(ぼこう)
棺を納めるために掘った穴。その底に木棺や石室を据える。
私市円山古墳の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。