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滋賀県

雪野山古墳とはどんな古墳か|誰の墓か・場所

雪野山古墳  / ユキノヤマコフン

前方後円墳 4世紀

未盗掘のまま見つかった、4世紀初頭の副葬品がそろう山頂の古墳。

雪野山古墳とはどんな古墳か

滋賀県の湖東平野に立つ雪野山の山頂にある前方後円墳です。文化庁は墳長を70メートル、史跡の面積を3539.51平方メートル、指定年月日を2014年3月18日とし、所在都道府県を滋賀県、所在地を滋賀県近江八幡市・東近江市・蒲生郡竜王町としています。

墳丘は二段に築かれ、一部に葺石が認められますが、埴輪は確認されていません。後円部の中央には二基の埋葬施設が並び、調査されたのは東側の竪穴式石室だけです。石室は内法で長さ6.1メートル・幅1.5メートル・高さ1.6メートル、粘土棺床に舟形木棺が納められていました。

この石室は盗掘を受けておらず、青銅鏡5面や碧玉製の石製品、銅鏃、鉄の武器や農工具、靫などが、置かれたままの状態で見つかりました。文化庁は築造時期をおおむね4世紀初頭としています。

雪野山古墳の読み方と別名

読みは「ゆきのやまこふん」です。雪野山という山の名にちなみます。文化庁の国指定文化財等データベースも、ふりがなを「ゆきのやまこふん」としています。

この古墳には、宮内庁の治定にもとづく別名はありません。陵墓でも陵墓参考地でもなく、国の史跡として指定されているためです。そのぶん発掘調査ができました。

出土品は、国の重要文化財「滋賀県雪野山古墳出土品」として一括で指定されています。古墳の名と出土品の名が別に立てられているのは、指定の枠組みが違うためです。山そのものは、中世には雪野山城という城としても使われていました。

雪野山古墳(ゆきのやまこふん)

文化庁の国指定文化財等データベースが用いるふりがなは「ゆきのやまこふん」。

滋賀県雪野山古墳出土品(しがけんゆきのやまこふんしゅつどひん)

国の重要文化財としての正式な名称。保管施設は東近江市埋蔵文化財センター、所有者は東近江市。

雪野山城(ゆきのやまじょう)

同じ山にあった中世の城の名。後円部が城の主郭として使われていた。

雪野山古墳は誰の墓か

この古墳に葬られた人が誰かは、わかっていません。名前の残る人物と結びつける根拠は、公式の資料では確かめられませんでした。この古墳は宮内庁の陵墓にも陵墓参考地にも入っておらず、国の史跡として扱われているため発掘調査ができました。

そのおかげで、被葬者の人物像についてはかなりのことがわかります。文化庁の解説文によれば、棺の内外から青銅鏡5面と碧玉製の石製品、銅鏃や鉄鏃、鉄製の武器や農工具、靫などが未盗掘の状態で多数出土しました。これらの副葬品が古墳時代前期前半の品目をほぼ網羅していることから、当時の葬送儀礼を復元できる貴重な事例だとされています。

琵琶湖を見おろす山の頂に、これだけの品を納めて葬られた人物です。名前はわからなくても、どういう立場の人だったかは副葬品から読み取れます。

断定できない:わかっていない

解説文は墳丘・石室・副葬品を詳しく記すが、被葬者については触れていない。

陵墓ではなく、国の史跡として扱われている:宮内庁の治定は無い

出土品は重要文化財として東近江市が所有し、東近江市埋蔵文化財センターが保管している。

雪野山古墳の大きさと形

文化庁は、この古墳を雪野山の山頂に立地する墳長70メートルの前方後円墳としています。史跡としての指定面積は3539.51平方メートルです。

墳丘は二段に築かれ、一部に葺石が認められます。埴輪は確認されていません。前期の古墳には、まだ埴輪を並べないものがあります。

石室の規模は、文化庁の解説文が内法で長さ6.1メートル、幅1.5メートル、高さ1.6メートルとしています。前期の前方後円墳の石室らしい、長細い形です。石材には雪野山の基盤である湖東流紋岩が使われ、一般に多い板石ではなく、形の整わない塊石が多く用いられている点に特徴があります。

墳丘の長さ:70メートル

史跡の面積:3539.51平方メートル

石室の内法:長さ6.1メートル・幅1.5メートル・高さ1.6メートル

雪野山古墳はいつ作られたか

文化庁は、副葬品の製作年代などから、この古墳の築造時期をおおむね4世紀初頭に位置づけています。時代の区分でいえば古墳前期です。

年代の決め手になったのは、盗掘をまぬがれた副葬品でした。日本製の青銅鏡、碧玉製の石製品、銅鏃の形式、小札革綴冑といった品々は、いずれも古い形式のものです。鍬形石や琴柱形石製品は、石製品が現れはじめたころのようすを示すとされます。

4世紀初頭は、箸墓古墳ホケノ山古墳といった古い前方後円墳が築かれてまもないころです。長野県の弘法山古墳や愛知県の東之宮古墳とも近い時期にあたります。

雪野山古墳の場所と行き方(観光情報)

出土品は、国の重要文化財「滋賀県雪野山古墳出土品」として東近江市埋蔵文化財センターが保管しています。所有者は東近江市です。

古墳そのものは山の上ですが、出土品は平地の施設で見られるということになります。青銅鏡5面、銅鏃96本、鉄製品75点、漆製品34点などが一括で指定されています。

雪野山古墳

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雪野山古墳の住所:滋賀県近江八幡市・東近江市・蒲生郡竜王町

交通:公式には確認できませんでした

駐車場:公式には確認できませんでした

料金:公式には確認できませんでした

内部見学:宮内庁の陵墓ではなく国の史跡ですので、陵墓のような立ち入り禁止の扱いは受けていません。ただし、墳丘に登れるかどうかについては、公式のページで確認できませんでした

文化庁は、この古墳の所在地を滋賀県近江八幡市・東近江市・蒲生郡竜王町としています。一つの古墳が三つの市町にまたがるのは、山の頂に築かれ、そこが境になっているためです。

古墳は雪野山の山頂にあり、山麓との標高差はおよそ200メートルあります。平地の古墳を訪ねる感覚ではなく、山を登ることになります。行き方や駐車場は公式のページで確かめられませんでしたので、東近江市埋蔵文化財センターの案内をご確認ください。

雪野山古墳の発見と調査の歩み

  1. 未盗掘ということの重さ
  2. 棺の中を、三つに仕切る
  3. 古墳の上に城が建つ

未盗掘ということの重さ

古墳の多くは古い時代に盗掘を受けており、石室が開かれたあとの姿で見つかります。雪野山古墳の東側の竪穴式石室は、その例外でした。文化庁の解説文は、棺の内外から青銅鏡5面と碧玉製の石製品のほか、銅鏃や鉄鏃、鉄製の武器や農工具、靫などが未盗掘の状態のまま多数出土した、と記しています。

未盗掘であることの意味は、品物が残っていたということだけではありません。どの品が、どの位置に、どの向きで置かれていたかがわかる、ということです。文化庁がこの古墳を「当時の葬送儀礼を復元することのできる貴重な事例」とするのは、そのためです。

棺の中を、三つに仕切る

石室の床は粘土の床になっており、木棺の痕跡から、棺は長さ5.2メートルと推定されました。両端に半円形の縄かけ突起をもつ、いわゆる舟形木棺です。

この棺の中には二か所に仕切り板があり、内部が三つに分けられていました。中央には被葬者が葬られ、その両脇に布に巻かれた刀剣が添えられていました。北区画には矢を入れた靫や紡錘車形石製品、鎌・やりがんな・鑿といった農工具。南区画には鉄刀・鉄剣・鉄鏃といった武具のほか、漁具と壺形土器。

一つの棺の中が、部屋割りのように使い分けられていたということです。鏡のうち北側の一面だけが鏡面を下に伏せて置かれており、ほかの鏡とは扱いが違っていた点も注目されています。

古墳の上に城が建つ

雪野山古墳の後円部は、中世には雪野山城という城の主郭として使われていました。麓の北側にあった後藤館を本拠とした六角氏の重臣、後藤氏の詰の城です。

山頂という立地は、四世紀の首長にとっても中世の武士にとっても好都合でした。同じ場所が、千年の間をおいて二度使われたことになります。

古墳が城や砦、墓地として使われた例は各地にあります。名古屋市の八幡山古墳は戦時中に高射砲陣地とされ、頂上が削られました。雪野山古墳の場合、山の上にあったために開発をまぬがれ、1989年の夏に「発見」されるまで静かに残っていました。

雪野山古墳から出土したもの

出土品は、国の重要文化財「滋賀県雪野山古墳出土品」として一括で指定されています。文化庁は、その内訳を漆製品34点、銅鏡5面、銅鏃96本、石製品5点、ガラス小玉2箇、鉄製品75点、土器1点、附として棺材一括としています。保管は東近江市埋蔵文化財センターです。

鏡の内訳の数え方は資料によって異なりますが、ここでは文化庁の「三面の三角縁神獣鏡を含む銅鏡五面」という記載にしたがっています。

三角縁神獣鏡

文化庁は、出土品を三面の三角縁神獣鏡を含む銅鏡五面と記している。棺の内外から出土した。

鍬形石

碧玉製の腕輪形石製品。貝の腕輪をまねた形で、初現的な形態をもつとされる。

琴柱形石製品

碧玉製。杖の頭の飾りと推定され、もともと鹿角で作られていたものをまねた形と考えられている。

小札革綴冑

小さな板を革でとじ合わせた冑。棺の外に置かれていた防具のひとつ。

雪野山古墳と関連する古墳

雪野山古墳についてよくある質問

雪野山古墳は誰の墓ですか。

わかっていません。宮内庁の陵墓にも陵墓参考地にも入っておらず、国の史跡として扱われています。副葬品から湖東平野を治めた首長の墓と考えられますが、名は伝わっていません。

雪野山古墳はどこにありますか。

文化庁は所在地を滋賀県近江八幡市・東近江市・蒲生郡竜王町としています。雪野山の山頂にあり、一つの古墳が三つの市町にまたがっています。

雪野山古墳の大きさはどれくらいですか。

文化庁は墳長を70メートル、史跡の面積を3539.51平方メートルとしています。石室は内法で長さ6.1メートル、幅1.5メートル、高さ1.6メートルです。

雪野山古墳はいつ作られましたか。

文化庁は、副葬品の製作年代などからおおむね4世紀初頭としています。古墳時代前期にあたり、前方後円墳という形が各地へ広がっていく途中の時期です。

雪野山古墳の中に入れますか。

陵墓ではないため宮内庁による立ち入り制限はありませんが、墳丘に登れるかどうかは公式のページで確認できませんでした。山頂にあり、山麓との標高差はおよそ200メートルあります。

雪野山古墳と併せて覚えたい言葉・用語

竪穴式石室(たてあなしきせきしつ)

墳頂から縦に掘った穴の中に石を積んで作る埋葬施設。一度ふさぐと開けられず、追葬ができない。

未盗掘(みとうくつ)

古い時代に掘り返されていないこと。副葬品の置かれた位置がそのまま残るため、資料としての価値が高い。

舟形木棺(ふながたもっかん)

丸太をくりぬいて作った、舟のような形の木の棺。両端に縄をかけるための突起をもつものがある。

(ゆぎ)

矢を入れて背負う道具。実物のほか、これをかたどった埴輪も各地の古墳で出土している。

雪野山古墳の参考資料

この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。

  1. 文化庁
  2. 文化庁