全長約83メートル。東北地方でいちばん大きい前方後方墳。
大安場古墳とはどんな古墳か
大安場古墳はひとことで言えば東北でいちばん大きい前方後方墳です。福島県郡山市田村町大善寺にあり、1基の前方後方墳と4基の円墳からなります。
公園を運営する郡山市文化・学び振興公社は、1号墳を「4世紀後半(今から約1,600年前)に造られた、全長が約83メートルの東北地方では最大の前方後方墳です」と説明しています。2号墳は直径約15メートルの円墳で、2号墳から5号墳までは5世紀後半の円墳です。
前方後円墳ではなく、前方後方墳であることに、この地域の性格が表れています。円ではなく四角。同じ福島県でも会津地方では前方後円墳が主流でしたが、中通りのこの古墳は方形を選んでいます。
見つかったのは平成3年と新しく、1号墳と2号墳を含む2.3ヘクタールが平成12年9月に国の史跡に指定されました。
大安場古墳の読み方と別名
読みは「おおやすばこふん」です。「大安場」は、所在地である郡山市田村町大善寺の字の名から来ています。
公式の住所は「福島県郡山市田村町大善寺字大安場160」で、古墳の名がそのまま番地の一部になっています。
1基だけを指すときは「大安場1号墳」、5基まとめて言うときは「大安場古墳群」と呼び分けます。史跡公園としての名は「大安場史跡公園」で、令和7年4月1日からは愛称が付けられています。
大安場古墳(おおやすばこふん)
1号墳を指してこう呼ぶことが多い。郡山市の史跡公園の名にもなっている。
大安場古墳群(おおやすばこふんぐん)
前方後方墳1基と円墳4基をまとめた呼び方。
大安場1号墳(おおやすばいちごうふん)
東北最大の前方後方墳そのものを指すときの言い方。
大安場古墳は誰の墓か
大安場1号墳の被葬者はわかっていません。宮内庁の治定もありません。公式のページに人物を比定する記載はありません。
わかっているのは、副葬された品です。平成8年度の第1次発掘調査で腕輪形石製品が出土しました。腕輪の形をした石の道具で、実用品ではなく、力のしるしとして持たれたものと考えられています。翌年度の第2次調査では遺体を埋葬した施設の全体が調査され、鉄製品などが出土しました。
これらの出土品は、平成15年3月に福島県の重要文化財に指定されています。
4世紀後半に、東北で最も大きい墓を築かせ、腕輪形の石製品を副葬された人物。そこまではわかります。名は伝わっていません。
断定できない:わかっていない
公式の説明は築造時期・規模・出土品を述べるだけで、被葬者を比定していない。
公式の説明:古墳に葬られた豪族
1号墳の雄姿と眺望から、葬られた豪族の権力の大きさを体感できるとする。
大安場古墳の大きさと形
1号墳の全長は約83メートルです。郡山市文化・学び振興公社はこれを「東北地方では最大の前方後方墳」としています。
2号墳は直径約15メートルの円墳です。1号墳と2号墳を含めた2.3ヘクタールが国の史跡に指定されています。
前方後方墳は、後ろが四角く、前も四角い形です。前方後円墳の後円部を方形に置きかえた形といえます。東北や関東の北部、そして下野の那須地方に多く、前方後円墳が広がる前後の時期に築かれました。
古墳群は、1基の前方後方墳と4基の円墳からできています。1号墳が4世紀後半、2号墳から5号墳までの円墳は5世紀後半で、あいだにはおよそ一世紀の開きがあります。同じ丘の上に、時代の違う墓が重なっているのです。
1号墳の全長:約83メートル
2号墳の直径:約15メートル
古墳の数:前方後方墳1基と円墳4基
国史跡の指定範囲:2.3ヘクタール
大安場古墳はいつ作られたか
大安場古墳の場所と行き方(観光情報)
1号墳の見学は所要30分から50分が目安です。郡山市文化・学び振興公社は「1号墳では、その雄姿と眺望から、古墳に葬られた豪族の権力の大きさを体感することができます」と案内しています。
令和8年3月に1号墳の階段の規制が解除され、頂まで登れるようになりました。古墳のほかに、ガイダンス施設と広場・遊び場があります。
大安場古墳(大安場史跡公園)
大安場古墳(大安場史跡公園)の住所:福島県郡山市田村町大善寺字大安場160
交通:郡山駅前バス乗り場2番ポール「東山霊園」「蓬田」行きで金屋下車、徒歩約20分。車は郡山インターチェンジから国道49号線をいわき方面へ40分
駐車場:第1・第2駐車場に普通車120台、バス7台
料金:公式に確認できませんでした
内部見学:1号墳と2号墳は築造当時の姿に復元されており、頂まで登れる
郡山市は所在地を郡山市田村町大善寺字大安場160、電話を024-965-1088としています。
ガイダンス施設の開館時間は9時00分から17時00分(入場は16時30分まで)、休館日は毎週月曜日(月曜日が祝日の場合は翌日)と年末年始(12月28日から1月4日)です。公園施設は8時30分から19時00分まで(10月1日から2月末日までは8時30分から17時30分まで)で、休園日はありません。
第1駐車場はガイダンス施設の休館日には利用できません。
大安場古墳の発見と調査の歩み
なぜ円ではなく方だったのか
大安場1号墳は前方後方墳です。後ろが四角い形をしています。
古墳といえば前方後円墳を思い浮かべますが、前方後方墳は決してめずらしい形ではありません。ただし分布に偏りがあり、東北や関東の北部、なかでも下野の那須地方に集中します。
同じ福島県でも、会津地方では前方後円墳が主流だったとされます。中通りにあるこの古墳が方形を選んだことは、どちらとつながっていたかを示すしるしと読めます。
那須地方には駒形大塚古墳や下侍塚古墳といった前方後方墳があり、大安場古墳との関連が指摘されています。栃木県の摩利支天塚古墳が前方後円墳として築かれるより、ずっと前の話です。
形は好みではありません。誰とつながっているかの表明でした。
腕輪の形をした石が語ること
第1次発掘調査で出土したのは、腕輪形石製品でした。腕輪をかたどった石の道具で、手にはめて使うものではありません。
古墳時代の前期には、こうした石の道具が有力者の墓に納められました。腕輪という日用の形を、石という壊れない材料で写す。身につける道具の形をした、身につけられないもの。それが力のしるしとして通用した時代でした。
翌年度の第2次調査では、遺体を埋葬した施設の全体が調べられ、鉄製品などが出土しています。
これらの出土品と、頂上に立ち並んでいたと思われる壺などは、平成15年3月に福島県の重要文化財に指定されました。土の山の大きさだけでなく、中に納められた品によっても、この古墳の位置づけは支えられています。
平成3年に見つかった古墳
大安場古墳が見つかったのは平成3年度です。古墳らしい遺構が発見された、というのがそのはじまりでした。
平成7年度に測量調査が行われ、古墳時代前期の大型古墳と確認されます。平成8年度の第1次発掘調査で腕輪形石製品が出土し、平成9年度の第2次調査では埋葬施設の全体が調べられました。平成10年度に第3次、平成14年度に第4次、平成16年度に第6次と調査が続きます。
平成12年度に国の史跡に指定。平成14年度には出土品が福島県の重要文化財になりました。平成17年度から整備工事が始まり、平成20年度に完成、平成21年4月4日に大安場史跡公園として全面オープンしています。
発見から公開まで、およそ20年。新しく見つかった古墳が、どういう手順で人に開かれるのかがよくわかる例です。
大安場古墳から出土したもの
出土品は、平成15年3月に福島県の重要文化財に指定されています。ガイダンス施設の常設展で見ることができます。
平成3年の発見から6回の発掘調査が積み重ねられ、そのたびに新しい品が出てきました。古い時代に掘り出されて散逸した古墳とは、記録の残り方が違います。
腕輪形石製品
平成8年度の第1次発掘調査で出土した。腕輪をかたどった石の道具。
鉄製品
平成9年度の第2次調査で、埋葬施設の全体調査にともなって出土した。
壺
頂上に立ち並んでいたと思われる壺。福島県の重要文化財に含まれる。
福島県指定重要文化財
1号墳の出土品と、頂上に立ち並んでいたとみられる壺などが平成15年3月に指定された。
大安場古墳と関連する古墳
大安場古墳についてよくある質問
大安場古墳は誰の墓ですか。
わかっていません。宮内庁の治定もありません。4世紀後半に東北で最大の前方後方墳を築かせ、腕輪形石製品を副葬された人物ということまではわかりますが、名は伝わっていません。
大安場古墳はどこにありますか。
福島県郡山市田村町大善寺字大安場160です。郡山駅前から「東山霊園」「蓬田」行きのバスで金屋下車、徒歩約20分。車では郡山インターチェンジから40分です。
大安場古墳の大きさはどれくらいですか。
1号墳の全長は約83メートルで、東北地方では最大の前方後方墳です。2号墳は直径約15メートルの円墳。国史跡の指定範囲は2.3ヘクタールです。
大安場古墳はいつ作られましたか。
1号墳は4世紀後半、2号墳から5号墳までの円墳は5世紀後半とされています。同じ丘に、およそ100年の開きをもつ墓が並んでいます。
大安場古墳に登れますか。
登れます。1号墳と2号墳は築造当時の姿に復元されており、令和8年3月には1号墳の階段の規制も解除されました。見学の所要時間は30分から50分が目安です。
大安場古墳と併せて覚えたい言葉・用語
前方後方墳(ぜんぽうこうほうふん)
後ろが四角い墳丘をもつ古墳。東北・関東北部や下野の那須地方に多い。
腕輪形石製品(うでわがたせきせいひん)
腕輪をかたどった石の道具。実用品ではなく、力のしるしとして副葬された。
割竹形木棺(わりたけがたもっかん)
丸太を縦に割り、中をくり抜いて造った棺。古墳時代前期に多く使われた。
粘土槨(ねんどかく)
木の棺を粘土で包んで納めた埋葬施設。石室を造らない場合に用いられた。