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前方後方墳一覧|前方後円墳とのちがいと、分布の偏り

前方後円墳の円い部分が、四角い。それが前方後方墳です。

後ろが円か、四角か。ただそれだけの違い。

ところが、この違いには意味があると考えられてきました。前方後方墳は東日本に多く残り、古い時期のものが目立ちます。

しかも、日本で最初の学術的な発掘調査が行われたのも前方後方墳でした。

このページでは、収録している前方後方墳を横に並べて比べます。

前方後方墳とは|前方後円墳とのちがい

四角い墳丘に、台形の墳丘をつなげた形の古墳です。

前方後円墳との違いは、後ろ側の形だけです。埋葬は後方部に行われ、前方部が儀式の場と見られる点も同じです。

形の違いが、何を意味するのか。

いくつかの説が示されてきました。

① 中央に従わなかった勢力の形 ─ 前方後円墳との対抗
② 前方後円墳より一段下の格 ─ 序列としての区別
③ 地域ごとの選択 ─ 特別な意味はない

どれも決め手を欠いています。 前方後方墳が東日本と東海に多いことは事実ですが、近畿にもあり、分布だけで説明はつきません

数の上では、前方後円墳よりはるかに少ない形です。

東日本の最古級|高尾山古墳と弘法山古墳 3基

前方後方墳には、古い時期のものが目立ちます

高尾山古墳(静岡県沼津市)は全長約62メートルで、東日本最古級とされます。

道路の下から現れた。

道路建設の途中で見つかり、保存か建設かをめぐって議論になりました。古墳が今も新しく見つかることを示した一基です。

弘法山古墳(長野県松本市)は長野県で最も古い部類に入ります。松本平を見下ろす丘の先端にあり、

見晴らしの良い場所を選んで築かれている。

東之宮古墳(愛知県犬山市)は山頂にあり、鏡11面が出ました。愛知県で最古級とされます。

三基とも、丘や山の上にあります。 平地に大きく築く前方後円墳とは、選ぶ場所が違います。早い時期の古墳に共通する立地で、前方後方墳がその時期に多いことと重なります。

最初の学術発掘|侍塚古墳 1基

侍塚古墳(栃木県大田原市)には、他の古墳にない意味があります。

徳川光圀の命で掘られた、日本で最初の学術的な発掘調査の現場。

南に上侍塚古墳、その北およそ800メートルに下侍塚古墳があります。大田原市は上侍塚を全長114.0メートル、下侍塚を全長84.0メートルとしています。

元禄5年(1692年)、出土したものを図に描いて記録したうえで、元どおりに埋め戻されました

この手順が重要です。 掘って持ち去るのではなく、記録して戻す。現代の発掘調査と同じ考え方が、三百年以上前に行われています。

発掘の目的は、近くにある那須国造碑(国宝)の碑主を突きとめることでした。大田原市は、この調査ではそれを明らかにするものは出てこなかったとしています。

目的は果たせなかったが、記録の方法が残った。

地域最大の前方後方墳 2基

大安場古墳(福島県郡山市)は全長約83メートルで、

東北地方でいちばん大きい前方後方墳。

古墳群として整備され、周囲を歩けます。東北に前方後方墳の大型のものがあることは、この形が中央から遠い場所で選ばれたという見方を支えます

西山古墳(奈良県天理市)は近畿の例です。前方後方墳として知られていますが、

古い指定解説では「前方後円型」と記されていました。

同じ古墳が、時代によって別の形に分類されていた。

測量と調査が進んで分類が改まった例です。古墳の形は、見ただけで確定するものではありません

墳丘が崩れ、木が生い茂った状態では、円と四角の区別がつきにくいことがあります。いま「前方後方墳」とされているものの数も、調査が進めば変わりえます。

前方後方墳を並べる

収録している前方後方墳を、地域と時期で並べます。

古墳所在規模特徴
大安場古墳福島県郡山市約83メートル東北で最大の前方後方墳
高尾山古墳静岡県沼津市約62メートル東日本最古級。道路の下から出た
弘法山古墳長野県松本市丘の先端長野県で最も古い部類
東之宮古墳愛知県犬山市山頂鏡11面。愛知県で最古級
侍塚古墳栃木県大田原市上114.0/下84.0メートル日本最初の学術的な発掘調査
西山古墳奈良県天理市近畿の例古い解説では前方後円型と記された

並べると、収録している前方後方墳が東日本に偏っているとわかります。

福島・静岡・長野・愛知・栃木。近畿は一基だけ。

この偏りは、収録の都合ではなく分布そのものを反映しています。前方後方墳は東海から東日本にかけて濃く分布することが知られています。

ただし、偏りの理由は決着していません。中央に従わなかった勢力の形とする説、格の違いとする説、どちらも決め手を欠きます。

もうひとつ、古い時期のものが多いという共通点があります。高尾山、弘法山、東之宮はいずれも最古級で、

丘や山の上に築かれている。

平地に大きく築く前方後円墳とは、選ぶ場所が違います。どちらが先かという問いは、今も答えが出ていません。

前方後方墳についてよくある質問

前方後方墳と前方後円墳の違いは何ですか。

後ろ側の形だけが違います。前方後円墳は円い墳丘、前方後方墳は四角い墳丘に、台形の前方部をつなげた形です。埋葬が後ろ側に行われる点は同じです。

前方後方墳はどこに多いのですか。

東海から東日本にかけて濃く分布します。この図鑑の収録でも福島・静岡・長野・愛知・栃木にあり、近畿は一基です。ただし偏りの理由は決着していません。

なぜ前方後方墳という形があるのですか。

中央に従わなかった勢力の形とする説、前方後円墳より一段下の格とする説、地域ごとの選択にすぎないとする説が示されていますが、どれも決め手を欠いています。

日本で最初に発掘調査された古墳はどれですか。

栃木県大田原市の侍塚古墳です。元禄5年(1692年)に徳川光圀の命で上下2基が掘られ、出土品を図に描いて記録したうえで元どおりに埋め戻されました。目的は近くの那須国造碑の碑主を突きとめることでしたが、それを明らかにするものは出ませんでした。

古墳の形が後から変わることはありますか。

あります。奈良県の西山古墳は、古い指定解説では前方後円型と記されていました。墳丘が崩れて木が茂った状態では円と四角の区別がつきにくく、測量と調査が進んで分類が改まりました。

前方後方墳の一覧(収録しているすべての古墳) 11基

本文で取り上げなかったものも含めて、この形に属する古墳をすべて並べています。名前を押すと個別ページへ移ります。

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