古墳を大きさで探す
古墳の「大きさ」は、濠を含む範囲と墳丘だけの長さで数字が変わります。この一覧では、記事内で出典を示した墳丘の長さを優先し、円墳は直径、方墳は一辺を使います。数字を確認できない古墳は順位に入れません。
この一覧の見方
大きさを比べるときは、何を測った数字かをそろえる必要があります。前方後円墳は墳丘の全長、円墳は直径、方墳は一辺を基本とし、濠や周庭を含む総長は同じ列へ混ぜません。公表資料に複数の値がある場合は、個別記事で測定対象を確認します。
現在の順位は、この図鑑に収録済みで、自治体、文化庁、宮内庁、発掘調査報告などから数値を確認できた古墳の中での順番です。日本にある全古墳の完全順位ではなく、未収録や測定値を確認できない古墳は入っていません。
墳丘が削られた古墳、復元された古墳、古墳群全体の範囲は単純比較できません。カードの数値から個別記事へ進み、形、年代、測定根拠と合わせて読んでください。
掲載基準と更新方法
編集一覧は、個別記事に登録した測定値、築造年代、墳形、文化財指定、所在地を条件に自動抽出します。大きさは墳丘長・直径・一辺など同じ基準で比べられる値だけを同列に置き、数値を確認できない古墳を推測順位へ入れません。
年代は一点の年へ丸めず、公表資料が示す世紀・時期の幅を保ちます。世界遺産は正式な構成資産であることを確認し、登録地域に近いだけの古墳を加えません。収録記事が増えると一覧件数も実データから更新されます。抽出後はカードのリンク先を実際に取得し、表示と件数が一致することまで確認します。
確認できた墳丘規模の大きい順 108基
大仙陵古墳
486メートル 墳丘の長さ486メートル。日本でいちばん大きい前方後円墳。誉田御廟山古墳
425メートル(全国第2位) 墳丘長425メートル。長さでは日本第2位、体積では日本最大とされる。上石津ミサンザイ古墳
約365メートル 墳丘の全長約365メートル。日本で3番目に大きい前方後円墳。造山古墳
350メートル(近畿地方を除いて最大、全国第4位) 墳丘長350メートル。近畿を除いて最大、全国第4位の前方後円墳。河内大塚山古墳
約335メートル 全国第5位の大きさなのに、被葬者も築造の事情もわからない巨大古墳。五条野丸山古墳
約310メートル 奈良県で最大、全国第6位の巨大前方後円墳。石室も国内最大級。土師ニサンザイ古墳
300.3メートル 全国7番目の大きさ。古墳時代で国内最大とみられる木橋の跡が見つかった。仲ツ山古墳
約290メートル 古市古墳群で2番目、全国では9番目の大きさをもつ巨大前方後円墳。作山古墳
約282メートル 全長約282メートル。岡山県で二番目、全国でも十指に入る大きさ。箸墓古墳
約280メートル(文化庁は290メートル前後とする) 日本列島で最初の巨大前方後円墳。卑弥呼の墓とする説がある。五社神古墳
約275メートル 神功皇后陵として治定された、佐紀盾列古墳群で最大の前方後円墳。ウワナベ古墳
255メートル(全国第13位) 佐紀古墳群の255メートル。全国第13位の前方後円墳。市庭古墳
約250メートル 平城宮の造営で前方部を削られ、後円部だけが残った巨大前方後円墳。岡ミサンザイ古墳
242メートル 仲哀天皇陵として治定されるが、雄略天皇の墓とする説が強い巨大古墳。岡古墳
242メートル 一辺33メートルの方墳。今は消えているが、陪塚の常識を覆した古墳。室宮山古墳
238メートル 葛城地方で最大、全国では第18位。長持形石棺がいまも石室に残る。市ノ山古墳
約230メートル 允恭天皇陵として治定された、古市古墳群の大型前方後円墳。西殿塚古墳
全長約230メートル 箸墓古墳の次に築かれた大王墓とされる、天理市の巨大前方後円墳。宝来山古墳
227メートル 墳丘規模227メートル、全国20位。垂仁天皇陵として治定されている。太田茶臼山古墳
226メートル 継体天皇陵として治定されているが、真陵は今城塚古墳とする説が有力。墓山古墳
225メートル 墳丘長225メートル。応神天皇陵古墳の陪冢として宮内庁が管理する。メスリ山古墳
224メートル 盗掘を免れた副室から、鉄の弓と鉄の矢がそのまま出た古墳。巣山古墳
約220メートル 墳丘に登れる馬見古墳群最大の前方後円墳。国の特別史跡。ヒシアゲ古墳
219メートル 磐之媛命の陵として治定されている、佐紀盾列古墳群の巨大前方後円墳。佐紀石塚山古墳
約218メートル 葺石の多さが名の由来。成務天皇陵として治定された佐紀の大型墳。津堂城山古墳
208メートル 古市古墳群で最初に築かれた、水鳥形埴輪で知られる前方後円墳。佐紀陵山古墳
約207メートル 大正の盗掘事件によって、中の様子が記録に残った陵墓の古墳。桜井茶臼山古墳
約207メートル 文化庁が古墳時代前期のもっとも典型的な前方後円墳の一つとする古墳。コナベ古墳
204メートル ウワナベ古墳と並んで築かれた、全長204メートルの前方後円墳。御廟山古墳
203メートル 百舌鳥古墳群の陵墓参考地。墳丘長203メートル。両宮山古墳
約200メートル 二重の濠をもちながら、葺石も埴輪も見つかっていない吉備の巨大古墳。島の山古墳
全長200メートル 腕輪の形をした石製品が133点まとまって出た、川西町の前方後円墳。摩湯山古墳
200メートル 和泉最古級にして、前期古墳では畿内屈指の大きさを持つ古墳。神明山古墳
200メートル 日本海に横腹を向けて築かれた、全国36位の巨大前方後円墳。軽里大塚古墳
200メートル 日本武尊の白鳥陵として治定されている、古市古墳群の前方後円墳。五色塚古墳
194メートル(文化庁の大正10年当時の解説では200メートル) 築造当時の姿に復元された、日本で初めての「復元された古墳」。久津川車塚古墳
184メートル(文化庁)/175メートル(立命館大学の調査概報) 南山城で最大の前方後円墳。長持形石棺と7面の鏡が未盗掘で見つかった。椿井大塚山古墳
約175メートル(重要文化財の解説では一六九メートル) 三角縁神獣鏡が33面以上。黒塚古墳と並び称される最古級の前方後円墳。古室山古墳
150メートル 古市古墳群のはじまりに近い、墳丘長150メートルの前方後円墳。昼飯大塚古墳
約150メートル 岐阜県最大の前方後円墳。ひとつの墓坑に3つの埋葬施設が並ぶ。田出井山古墳
約148メートル 反正天皇陵として治定された、百舌鳥古墳群の北端に立つ前方後円墳。いたすけ古墳
約146メートル 市民運動が破壊から救った、百舌鳥古墳群の前方後円墳。内裏塚古墳
144メートル 全長144メートル。南関東でいちばん大きい前方後円墳。丸墓山古墳
132.2メートル 直径105メートル。日本最大級の円墳で、石田三成が陣を張ったと伝わる。黒塚古墳
132メートル(天理市は約130メートルとする) 三角縁神獣鏡33面が棺を囲んで並んでいた古墳。恵解山古墳
約128メートル 約700点の鉄製武器が納められていた、乙訓地域で最大の前方後円墳。新山古墳
126メートル 銅鏡34面が出た前方後方墳。宮内庁は大塚陵墓参考地として管理している。浦間茶臼山古墳
約125メートル 箸墓古墳のちょうど半分の設計だったとみられる、吉備最古級の古墳。琵琶塚古墳
124.8メートル 墳丘長124.8メートル。摩利支天塚古墳に続く二代目の首長の墓とされる。青塚古墳
約123メートル 愛知県で2番目に大きい前方後円墳。戦国時代には砦になった。摩利支天塚古墳
120.5メートル(文化庁は約120メートルとする) 墳丘長120.5メートル。下野国の初代首長の墓と考えられている前方後円墳。稲荷山古墳
120.0メートル 115文字を刻んだ金錯銘鉄剣が出た、埼玉古墳群で最初の大型古墳。会津大塚山古墳
114メートル 三角縁神獣鏡が出た、東北地方屈指の大きさをもつ前期の前方後円墳。侍塚古墳
114.0メートル 徳川光圀の命で掘られた、日本で最初の学術的な発掘調査の現場。黒姫山古墳
114メートル 甲冑24組が一つの石室から出た、全国最多の前方後円墳。宝塚古墳
111メートル 全長140センチの船形埴輪が出た伊勢の王墓。埴輪は国宝。富雄丸山古墳
109メートル(日本最大の円墳) 直径109メートルの日本最大の円墳。国内最古最大の蛇行剣が出た。牧野車塚古墳
107.5メートル 淀川左岸の台地に築かれた、北河内で最大級の前方後円墳。亀甲山古墳
107メートルあまり 多摩川流域で最大の前方後円墳。大正時代からの国の史跡。森将軍塚古墳
100メートル 4世紀中頃の信濃最大級の前方後円墳。復元されて教科書にも載る。纒向石塚古墳
約99メートル 纒向遺跡でもっとも古い古墳とされてきた、全長約99メートルの墳丘。峯ヶ塚古墳
96メートル 古市古墳群で、内部が発掘された数少ない前方後円墳。五塚原古墳
約91メートル 箸墓古墳と同じ段の造りを持つ、最古級の前方後円墳。浅間古墳
約91メートル 東海地方で最大規模とされる前方後方墳。海から見上げる姿に造られた。こうもり塚古墳
約90メートル 石舞台古墳に匹敵する巨大な横穴式石室をもつ前方後円墳。将軍山古墳
90メートル 古墳の内部を見学できる展示館がある、埼玉古墳群の前方後円墳。柳井茶臼山古墳
約90メートル 直径44.8センチの単頭双胴怪獣鏡が出た、瀬戸内を見おろす前方後円墳。茶すり山古墳
約90メートル 長径約90メートル、短径約78メートル。但馬の交通の要衝に築かれた大型円墳。長柄桜山古墳群
90メートル 1999年に見つかった、神奈川県で最大級の前方後円墳2基。王塚古墳
約86メートル(完全に復原した場合。遠賀川流域で最大) 赤・黄・緑・黒・白・灰の6色で石室を埋めた、装飾古墳の頂点。金山古墳
85.8メートル 円を二つつないだ双円墳。周濠を残す全国唯一の例とされる。大安場古墳
約83メートル 全長約83メートル。東北地方でいちばん大きい前方後方墳。天皇の杜古墳
83.0メートル 全長83.0メートル。文徳天皇の陵と語り継がれてきた京都市内最大級の古墳。八幡山古墳
82メートル 鶴舞公園の中に残る、東海地方最大とされる円墳。阿武山古墳
直径82メートル 藤原鎌足の墓とする説で知られる、盛り土を持たない終末期の古墳。ホケノ山古墳
約80メートル 箸墓古墳より前に築かれた、石囲い木槨をもつ全長約80メートルの古墳。桜塚古墳群
80メートル以上 36基あったうち5基だけが残った、北摂を代表する古墳群。蛇塚古墳
約75メートル 盛り土を失い、巨石の石室だけが住宅街に残る嵯峨野最大の後期古墳。東之宮古墳
72メートル(史跡の解説)/七三メートル(重要文化財の解説) 鏡11面が出た、愛知県で最古級とされる山頂の前方後方墳。摺鉢山古墳
約70メートル 上野公園の中に残る、東京都心でただ一基の前方後円墳。私市円山古墳
直径約70メートル 直径約70メートル、京都府内で最大の円墳。復元されて公園になっている。雪野山古墳
70メートル 未盗掘のまま見つかった、4世紀初頭の副葬品がそろう山頂の古墳。三池平古墳
65メートル 割竹形石棺の中が水銀朱で真っ赤だった、庵原の前方後円墳。江田船山古墳
62メートル 75文字の銀象嵌銘大刀が出た、清原古墳群で最大の前方後円墳。高尾山古墳
約62メートル 道路の下から現れた、東日本最古級とされる全長約62メートルの前方後方墳。弘法山古墳
約61.5メートル 長野県で最も古い部類に入る前方後方墳。松本平を見下ろす丘の先端にある。月の輪古墳
約60メートル 住民と学生が総出で掘った、山頂の大型円墳。束明神古墳
1辺60メートル 草壁皇子の墓とする見方が有力な、凝灰岩のブロックを組んだ古墳。虎塚古墳
約60メートル 東日本の装飾古墳で、前方後円墳としては唯一とされる。岩屋山古墳
約54メートル 磨いた切石で組んだ石室が開いており、岩屋山式の名のもとになった古墳。藤ノ木古墳
50メートル以上 未盗掘の家形石棺に2人が眠り、金銅製の馬具が出た円墳。物集女車塚古墳
全長約46メートル 毎年、石室の内部が公開される。継体大王とゆかりの深い人物の墓。チブサン古墳
44メートル(山鹿市の英語による解説では約55メートル) 赤・白・黒の三色で文様を描いた、熊本を代表する装飾古墳。神門古墳群
42.6メートル 3世紀中葉前後。東日本でもっとも古い古墳と考えられている群。狛江古墳群
40メートルを超えるホタテ貝形の前方後円墳 「狛江百塚」と呼ばれた多摩川左岸の古墳群。市街地の中に公園として残る。五郎山古墳
約35メートル 赤・緑・黒の三色で人や舟や馬を描いた、具象画の装飾古墳。菖蒲池古墳
一辺約30メートル 玄室に、類例のない優美な家形石棺が2基そろって並ぶ飛鳥の方墳。中尾山古墳
直径約29.4メートル・高さ約4.0メートル 火葬した骨を納めたとみられる、明日香村の三段築成の八角墳。マルコ山古墳
24メートル 対角長24メートル。高松塚古墳とよく似た石槨をもつ多角形の古墳。高松塚古墳
約23メートル 極彩色の女子群像で知られる、日本で最初に見つかった壁画古墳。石舞台古墳
19.08メートル 盛り土を失い、巨石の石室がむき出しになった飛鳥のしるし。竹原古墳
約18メートル 龍と馬と波。大陸の影響がはっきり見える赤と黒の壁画をもつ円墳。牧野古墳
全長17.1メートル。玄室は長さ6.7メートル・幅3.3メートル・高さ4.5メートル、羨道は長さ10.4メートル・幅1.8メートル 全長17.1メートルの巨大石室をもつ、馬見丘陵の大型円墳。キトラ古墳
13.8メートル 四神と十二支、そして東アジア最古級の天文図が描かれた壁画の古墳。石のカラト古墳
13.8メートル 下が方形、上が円形。奈良県と京都府の境にまたがる終末期の古墳。植山古墳
どちらも約13メートル 1つの墳丘に石室が2基。推古朝に限られる造りをもつ長方形の墳丘。武蔵府中熊野神社古墳
約8.8メートル 下が四角、上が丸い。発掘で確かめられた上円下方墳では最大。清戸迫横穴
約2.6メートル 赤い渦巻と人物・馬・鹿を描いた壁画を持つ、彩色壁画の北限。よくある質問
濠を含む大きさで並べていますか。
原則として墳丘そのものを使い、濠を含む総長は同じ順位へ混ぜません。
円墳と前方後円墳を同じ基準で比べられますか。
形が違うため、前方後円墳は全長、円墳は直径など使った基準を明示します。
日本全国の完全なランキングですか。
違います。この図鑑の収録済み記事で、比較可能な数値を確認できた範囲の一覧です。